第三幕、御三家の矜持
 月影くんが短くお礼を言うと、深古都さんは「車を回します」と素早く踵を返し、二分とかからずに私達の前に黒い外車を停めた。挙句扉を開けて用意までしてくれるので、こんな人が元ヤンなんて信じられない……と顔をひきつらせていると、「ごめんねー、まさかこんなことになるとは思わなかったし、こっそり来たから小さくて……」と見当違いの謝罪が来た。そもそもお忍びで外車というあたりから何か違う気がするので、どこから訂正すればいいのか分からなかった。


「悪いんだけど、三人後ろに座ってくれるー?」

「桜坂、早くしろ」

「私真ん中なの!?」

「唯一小柄なんだから当たり前だろう」


 そして有無を言わさず桐椰くんの隣に押し込まれた。ストップをかける間もなく月影くんが乗り込み「閉めます」という深古都さんの言葉で扉は閉められた。乗り込んだ深古都さんは「では順に」と短く断り、滑らかに車を走らせ始めた。深古都さんが丁寧な運転をしているからか、高級車だからか、はたまたその両方だからか、後部座席は全く揺れない。今まで乗った中で一番の車かもしれない。


「ふおぉ……」


 桐椰くんの隣にいるということどころか雅を探しに行く緊迫感までも一時鳴りを潜めて感動が沸き上がっている。そんなところに「あ、この車は深古都の私物だよ」と更なる驚きのコメント。


「執事さんもお金持ちなの?」

「ううんー、お父さんが深古都の大学入学祝にって」


 なんて太っ腹なお家……。だんまりを決め込んでいた桐椰くんでさえ「すげー」と小さく呟いた。


「あれ、でも元ヤンなんだよね? それなら暴走車的なほうがいいのでは……」

「やだなー、深古都は総長じゃなくて番長だよー」


 うふふー、とこちらを振り向いてまで笑うふーちゃんはさておき、深古都さんのこめかみに青筋が浮かんでいるような気がするのはきっと目の錯覚だろう。


「一か所目です」


 深古都さんが車を止めた瞬間、桐椰くんが外に出る。私も続けて外に出ようとしたのに、「来んな」と、叱るように拒否された。それに気圧されて怯んだ隙に「深古都」と続けざまにふーちゃんの一言が放たれ、深古都さんが無言で車を出て行った。その間わずか三秒。突然の命令と行動に唖然としていると、ふーちゃんがぐっと親指を立てて見せた。


< 334 / 395 >

この作品をシェア

pagetop