第三幕、御三家の矜持
 助手席から身を乗り出したふーちゃんは、頼まれた通りに竹刀を窓から見えるように立て掛ける。深古都さんが出ていく直前に明かりのもとで見た竹刀袋は真っ黒で、白い糸で刺繍がしてあった。絵柄と文字との刺繍だというのは分かったけど、何が描かれて何が書かれているのかまでは分からなかった。竹刀には(つば)に飾り紐みたいなストラップがついている。全く意味が分からないけど……。


「そのとき、結構有名だったみたいなんだよね。だから母校周辺なら知らない人はいないし、ここでも三人に一人は知ってるかなーみたいなこと言ってた。昔は死神って呼ばれてたらしくて、語り継がれてるその伝説のせいで深古都と分かれば馬鹿と自殺志願者以外は回れ右なんだって。面白いよねー!」


 恰好のネタだよねー、とでも聞こえてきそうな軽さでふーちゃんは説明したが、私は硬直してしまった。その通り名からすれば笑いごとじゃすまない爪痕を残しているとしか思えない。どうやら、深古都さんはあの見た目と喋り方からは想像もできないヤバイ不良だったようだ。もし幕張匠(わたし)が遭遇していたら千切って捨てられていたかもしれない。思わず身震いする。


「どうかしたの、亜季」

「えっと……なんか見かけによらずやんちゃな人なんだなって……」

「昔はねー。そのときは本当にやさぐれてたんだと思うよー」


 そっと窓の外を伺う。桐椰くんと深古都さんが入ったのは廃ビルだ。ビル周りは特別汚いわけじゃなかったけど、ビル自体がおんぼろで、どこからともなく生えた蔦にその身を侵食されていた。今にも剥がれ落ちてきそうな壁は、実際ところどころ剥げて中が剥き出しになっている。入口扉はガラスにヒビが入っていて、ドアノブ替わりの正方形の持ち手みたいなものも錆びついていた。

 きっと深古都さんや桐椰くんには慣れた場所で、月影くんには縁のない場所なんだろう。入るだけでも病気になりそうだと顔をしかめていた。でも何も口に出さないのは、ふーちゃんに聞かれると困るからだろうか……。

 お陰で奇妙な沈黙が落ちた車内で待つこと暫く、話し声が聞こえたかと思うと深古都さん、雅、桐椰くんが並んで出てきた。声の主は雅と深古都さんだったみたいで「マジ? 喘息って後からなるの?」「ですからお気をつけたほうがよろしいかと」という遣り取りだけ辛うじて聞こえた。


「雅!」

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