第三幕、御三家の矜持
「お、亜季じゃん」


 私がいるに決まってるのに、車から飛び出た私に驚いた顔をした。その視線はちらっとボンネットのほうへ向き、車内も見てちょっとだけひきつった。その後に何事もなかったかのように私に戻る。


「……んと、ごめん、迷惑かけて」

「ううん、巻き込んだのは──」


 雅じゃないんだから、と言おうとして口を噤んだ。雅が悪いわけじゃないにしても、月影くんと鳥澤くんの確執を口にすることはできなかった。だから一度口を閉じた。


「……あの、誰に襲われたの?」

「……あー、っと、実は分かんなくてさ……」

「……後ろから殴られたとか?」

「うん、まぁ、そんな感じ……」


 妙に歯切れの悪い言葉と、チラチラと動く視線。私に言えないことか、桐椰くん達の前で言えないことか……。訝しんでいるところへ、不意に黒光りする車がやってきて、深古都さんの車の後ろに停まった。揃って見れば、運転席からいかにもな運転手のおじさんが出てきて頭を下げた。


「菊池様を合わせますと乗車定員がオーバーしてしまいますので、勝手ながら別の車をお呼びしました。菊池様はあちらへ」


 何事かと思ったら深古都さんが手を回していたらしい。人に仕える職業の気の回し方とそれとは裏腹の問答無用っぷりがおそろしい。一方で、そこまで気を回せるのに雅救出に人を呼ばなかったあたり、深古都さんは腕っぷしに自信があったということだろう……というのは考えすぎだろうか。深古都さんの仕えるふーちゃんが御三家の敵じゃなくてよかった。


「えー、あの車に一人で乗るの……すげー怖い」

「ご自宅の近いもう御一方もあちらでお送りしましょう」

「では僕が」


 本当に近いのかは分からないけれど、月影くんが真っ先に車から出てきて、雅がほっと安心したような溜息をついた。きっと物々しい車に桐椰くんと一緒に乗ることにならないか危惧してたんだろう。


「では、桜坂様と桐椰様はこちらへ」


 そして私達は深古都さんの車の後部座席にさっと戻された。月影くんと雅の乗った車がいなくなるのをミラーで確認した後、おそるおそる桐椰くんの様子を伺う。傷一つどころか、あんな汚そうなビルに入っていたのに汚れ一つない。


「……見張り、いなかったの?」

「いや、三人いた」


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