第三幕、御三家の矜持
「……なにそれ」


 ふ、と笑う気配がした。見上げた桐椰くんの口こそ笑みを作っているものの、目は笑っていなかった。お陰でビクンと心臓が跳ねた。

 突き放すような目が、怖い。

 でも、何が怖いのか、分からない。


「俺が見張ってたら、鳥澤はこんなことできなかったって?」


 今日のことを把握していないにも関わらず、鳥澤くんの企みに対する桐椰くんの指摘は的確だった。でも、私の台詞に対しては的外れだった。


「悪かったな、使えるときにいなくて」

「使えるとか使えないとかじゃなくて……」

「総がいるじゃん」


 脈絡のないことを、拗ねたような、それでいて絞り出すような声が紡ぐ。


「……松隆くんがいるって」

「お前には総がいるんだから、俺に心配させんな」


 ──キスしたから、そんな余裕あんの? 少し前の、そんな投げやりな声が耳元で(よみがえ)った。


「違うよ」


 そのせいで、返事になってない答えが口を突いて出た。


「松隆くんとは、何もないの」


 それは、絶対に口にしてはいけなかったことだった。そんなことはよくよく分かっているはずなのに、“マズイことを言った”なんて警鐘が鳴らなかった。


「桐椰くんが言ったみたいに松隆くんとキスなんかしてなくて、だから松隆くんと付き合うなんてことも有り得なくて」


 早口でそんな言い訳をして、言い終えて、やっと口を噤んだ。今まで、桐椰くんの気持ちを無視して散々に口を閉ざさせてきたのに、そんなことを口にするのは身勝手だった。感情を引っ掻き回すだけの、伝える必要のない“本当”なんて──。


「……だから、なに?」


 なんで口に出してしまったんだろう。自分で自分が分からなかった。

 なんのために、今まで桐椰くんの感情を、言葉になる前に檻に閉じ込めてきたのだろう。


「だから……」

「だから、俺に心配してほしいの?」


 答えることができなかった。

 それはきっと、図星だったから。

 私は、桐椰くんに心配してほしかった。 

「お前、心配ってどういう意味か知ってる?」


 私のことを見てほしかった。


「……どういう意味って」


 私を、心に留めてほしかった。

 それが、私の矛盾だらけの言動の理由全てだった。


「心配って、心を配るって意味なんだよ」


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