第三幕、御三家の矜持
 会話でするにはあまりにもったいぶった抒情(じょじょう)的な言い方を、普段なら笑い飛ばした。


「お前は俺に、俺の心を配ってほしいの?」


 実際、何をポエムなこと言っちゃってるの、なんて茶化して一蹴していいはずだった。

 それなのに泣きたくなるほど詰まってしまったのは、形のないその行為を痛いほどに知ってしまったから。


「……配ってほしいんだとしたら、それってなんでなの」


 ──私を抱きしめたのは、答えを聞きたいからなのか、封じ込めたいからなのか、どちらなのだろう。

 どうしてか、私を抱きしめる桐椰くんが泣きそうに思えた。

 触れ合った体は温かくて、包み込まれるその感覚が、残酷なくらい心地よかった。その両腕に抱かれて、首筋に顔を埋めるだけで、ごちゃごちゃした悩みが全部泡沫(ほうまつ)のように消えた。

 ただ、心地がよかった。それは、冬の朝の羽毛布団とか、寒い夜のお風呂の中とか、ぬくぬくと居心地の良い場所に似ていた。気持ちが良すぎて、どうにも抗いがたくて、余分な力が抜けていく。

 伝わってくる体温が、気持ちよかった。その中にずっと包み込まれていたかったし、埋もれていたかった。

 そんな欲の名前を、知らない気がした。

 それが少しだけ、離れた。

 もう貰えないのかと見上げると、不意に頬を温かい手に撫でてもらえた。

 触れたところから心地の良い熱が広がる感覚。欲しかったものが、少しずつ与えられる。

 頬から耳に滑った指先は、知っているよりも少しだけ冷たかった。耳の後ろに触れた指先からは、ほんの少しの力と意志を感じた。泣きそうな瞳は、砕ける直前の硝子玉みたいだった。


「……総と付き合わないとか、なんで、俺に言うの」


 強請(ねだ)るような囁きが、口移しで流し込まれた。

 冷たい唇から言葉を咀嚼すれば、再び抱きしめられた。さっきとは違って、痛いほどに腕に力が籠っていた。まるでこれから私が消えて失くなってしまうみたいに。


「……ごめん」


 かと思えば、鳥籠から解放するように、そっと腕が離れて、家のほうへ押しやられた。

 それからどうしたのか、覚えていない。気が付いたら真っ暗な自分の部屋にいて、扉に寄り掛かっていた。

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