第三幕、御三家の矜持
 ちらと松隆くんが視線を向けた先には女子の塊があった。囲まれ過ぎて桐椰くんの姿が見えない。アイドルの握手会ですかってくらいに女子が騒ぎ立てながら次々と貢物を運んでいる。生徒会ヒエラルキーが消えたお陰なのかなんなのか、その集いにいる女子は生徒会役員に限らない。辛うじて見えた女子と女子の間からは桐椰くんが手頭からチョコレートを食べさせられていた。もぐもぐしている桐椰くんが「かわいー!」と黄色い声で愛でられている。その表情はげんなりしているものの、どこか恥ずかしそうに見えて、とってもとっても気に食わない。女子に可愛がられていい気になっている……。むむ、と眉根を寄せた。

 私にキスしたくせに。

 どうしてか、思わずそんなことを言いたくなってしまった自分がいて、それに気づいた瞬間、カッと顔に熱が上るのを感じた。感触どころか、あの直後には思い出しもしなかった、桐椰くんの表情までも思い出してしまう。睫毛が震えて、ゆっくり降りる直前の、今にも泣きだしそうな瞳と、それに映った私の──。

 思い出したくなくて、無理矢理口を開いた。


「毎年あんな感じなの?」

「いや、去年はそんなに。人が絶えないな、くらいだったんだけど、今年は酷いね」


 私の様子に松隆くんが気づいた気配はなかった。それだけ呆れた目を桐椰くん達に向けているからだろう。


「あと十数分で期末試験だっていうのに、みんな暇だよね」

「ふらふらしてる松隆くんも十分暇そうだけどな」

「俺は暇だからいいの」

「期末試験あるのは一緒だよね?」

「もう受験勉強に本腰入れることにしたから」

「なんで松隆くんも月影くんも受験勉強を理由に試験勉強やめるの? よく分からないんだけど」

「ま、そういうわけだから、ちゃんと渡してね」

「あっ……」


 結局私の手に押し付けられた紙袋は回収されることなく、松隆くんは自分のクラスに戻ってしまった。おそるおそる桐椰くんのほうを伺うけれど、通勤ラッシュの電車並みに桐椰くんの周りで押し合いへし合いしている女子を前にして渡すことなんて不可能だ。とりあえず保留にして、ちょっと隙のあるときにさっと押し付けよう……。

 そんな女子の塊はホームルームが始まる時間になって漸く解散し、代わりに桐椰くんの机の上には山積みのプレゼントが詰まれていた。


「桐椰……誕生日か、おめでとう」

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