第三幕、御三家の矜持
「……ありがとうございます」


 やってきた蓼沼先生も苦笑いだった。ここまで主張の激しい誕生日もない。そんな暴動のような桐椰くんのお祝いとは裏腹に、ホームルームは特別な連絡事項もなく平和に終わった。

 ──そう。特別な連絡事項はない。事件があったのは先週の木曜日だけれど、金曜日も今日も何の連絡もない。鳥澤くんの事件は、鳥澤くんさえその失敗に気づかないまま終わったということだ。

 そんなホームルームが終わると、試験は席順が五十音順になるので、桐椰くんが私の隣にやってくる。今のうちに、とプレゼントを渡そうとすれば、こんな些細な時間さえ逃すまいとばかりにわっとクラスの女子が押し寄せた。


「桐椰くん誕生日おめでとー!」

「クッキー焼いたの! 遼くん、甘いもの好きって聞いたから」

「マフラーって何本あっても困らないでしょ?」


 さすがの桐椰くんも迷惑そうだ。というか、圧倒的な女子力を持つ桐椰くんに手作りのお菓子を差し出すなんてありったけの勇気を振り絞っても無理だし、彼女でないどころか友達でさえないのにマフラーだの手袋だのをあげるなんて正気の沙汰じゃない。

 冷ややかな目で見つめていると、さすがに桐椰くんと目が合った。


「……あぁ、ありがと」


 でも桐椰くんが逸らした。

 思わずシャーペンをへし折りたくなった。もう桐椰くんなんて知るもんか。

 期末試験初日だというのに、その後もずっとそんな調子だった。お陰で、二限目を終えた今も隣ではわさっと女子が湧いて桐椰くんの顔はまたもや見えなくなっている。明日の試験に向けて荷物を詰め直したカバンの隣には例の紙袋が残された。もう第六西に置いて「回収してね」と一言LIMEしておけばいいかな……。

 桐椰くんにわざわざ話しかけることに抵抗があったせいもあって、わりとその決断は早かった。段々と他クラス・他学年の女子にも囲まれ始めた桐椰くんを残して教室を出ると、まるでアイドルの握手会のごとく教室の外には長蛇の列がある。


「うわ……絶対松隆くんのほうが人気だと思ったのに……」

「そうでもないよー」


 顔をひきつらせていると、何を目的でやってきたのか分からないふーちゃんが突然背後から現れた。桐椰くんに興味がないのは、普段の言動と手ぶらの状態を見れば分かる。


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