第三幕、御三家の矜持
 その美少女な見た目にそぐわぬ返事をしながら、ふーちゃんはいそいそとカバンの中に漫画をしまい込んだ。きっとその漫画は帰宅する前に深古都さんが回収させられるんだろう。

 ふーちゃんと月影くんの関係は謎のままだ。女嫌いを自称する月影くんがふーちゃんとは親し気なのはなぜか。この土日、無駄に思い悩んでいたせいで思い出してしまったけれど、月影くんは体育祭で『薄野なら嘘はつかないだろうな』なんてぽろっと零している。簡単に他人なんて信用しないと公言までする月影くんにそう言わせるふーちゃんは、“図書役員だから”以上に何かがある。

 そしてそれは、もしかしたら──。


「月影」


 不意に、冷たい声が、私達を刺した。

 鳥澤くんの声だった。明日の試験の心配をする声が飛び交う廊下で、ただ一言のその声が浮いていた。声のしたほうを見れば、仁王立ちするように、それでいて立ち尽くすように廊下にいる鳥澤くんの目が、その声と同じくらいの温度でこちらを見ていた。

 ゆっくりと、月影くんが顔を向ける。どうしてか、私が震えた。


「……何だ」

「何だじゃない」


 歩み寄って来た鳥澤くんが、ぐっと唇を噛む。


「……なんで何にもなってない」

「何にも、とは何のことだ」

「ッ何でだよ!」


 急に上がった叫び声は、さすがに誰の耳にも拾われてしまって。

 廊下と下駄箱にいたみんなの意識が、一斉に鳥澤くんに向けられた。ぴたりと喧噪はやみ、代わりにゆっくりと小波(さざなみ)のような疑問の声が湧き始める。

 それでもやっぱり、月影くんの表情はいつもと変わらない。


「……何で、とは、何だ」

「何でまたお前はそうやって何でもない顔してるんだよ!」


 ただ鳥澤くんの声だけが、先週の夜と同じく、怒って、泣いていた。

 なんだなんだと、帰ろうとしていた人が集まり始める。桐椰くんへプレゼントを渡そうと階段をのぼっていた女子でさえ足を止めて戻ってくる。


「何もなかったからだが」

「だから、どうして!」


 私達が止める間もなく、鳥澤くんの手はネクタイごと月影くんの胸倉を掴んでいた。僅かな身長差が、鳥澤くんに少し上を向かせる。


「どうしてお前ばっかりそうなんだ! 何もなかった、そんなわけないだろ! 俺は──」

「鳥澤、黙れ」


< 348 / 395 >

この作品をシェア

pagetop