第三幕、御三家の矜持
 凄絶な剣幕で怒鳴る鳥澤くんを止めるのは、氷よりも冷ややかで鋭い声。


「ここで話すことではない」

「どこでも同じだ」

「同じではない」


 有無を言わせず、月影くんは鳥澤くんの腕を掴んで振りほどく。いつも綺麗に結んであるネクタイの結び目が、シャツとあわせて乱れていた。そして、鳥澤くんの胸倉を強く掴んで乱暴に引き寄せた。


「先週のことは黙っていろ。俺は何も言わない。桜坂にだけは謝れ」

「……なんでお前がそんなこと言うんだよ」


 さきほど月影くんがしたように、今度は鳥澤くんが月影くんの腕を掴んだ。ただ、振りほどこうとしても月影くんの手は外れない。ぐっ、と苦しそうに顔をしかめていた鳥澤くんが戦慄(わなな)く唇を開いた。


「警備に見つからなかったとしても、どうせあの写真データは残ってる。それだけでも十分だろ」

「お前は本当にあの写真を使うつもりか? あの写真が何か、鶴羽から聞いただろう」


 段々と沸き上がり始めた小さなざわめきに、月影くんの低くて小さな声は掻き消される。きっと、この会話が聞こえているのは私達だけだ。


「……だったらなんだっていうんだ」

「俺に復讐したいならそれでいいだろう。桜坂は関係ない」

「そもそも関係ない美春に手を出したのはどっちなんだよ!!」


 その言葉に凝縮されている感情が、まるでストッパーをなくしたみたいに爆発した。

 そう、ストッパーだ。きっと、鳥澤くんの感情は、月影くんへの復讐を果たしたい一心で抑えられていた。あんなに激しく感情を前面に出す鳥澤くんを見れば、今までずっと月影くんを詰りたい気持ちを我慢してきたんだろう。雁屋さんがいなくなってから、ずっと。


「……美春……?」


 ふと、ふーちゃんの口から、雁屋さんの名前が零れた。素早くその顔を見れば、その綺麗な顔いっぱいに困惑が広がっている。

 そんな様子に、二人が気づく気配はない。


「関係ない美春に手を出して、自分の友達が手を出されるのは嫌だってのかよ! お前美春の気持ち考えたことあんのか!」

「だからといって桜坂に(とばっち)りを食わせる必要はないだろう。分かったらこんなところで騒ぎ立てるのはやめろ」

「……公衆の面前で責められたら困るってのかよ」

「そうだな、気分は良くない」

「だったら──」

「ねぇ」


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