第三幕、御三家の矜持
 野次馬よろしく三人を取り囲んでいた女子の一部から悲鳴が上がる。月影くんは倒れこそしないものの蹈鞴(たたら)を踏み、驚いた表情で桐椰くんを見返す。

 そんな月影くんの胸倉を掴み、桐椰くんは乱暴に引き寄せた。


「駿哉。頭に血上りすぎだ」


 どこからどう見ても、月影くんは冷静そのものだった──そう、思っていた。


「ここでそんなことしても意味ない。第六西まで行くのがめんどくさいなら文理教室でも行け」


 どうして別の場所へ行くことを促すのかは分からないけれど、少なくともここではできない話があるのは確かなようだった。その証拠に、その内心を見抜かれたばつの悪さなのか、月影くんは珍しい表情で顔を背ける。それを答えと受け取ったのか、桐椰くんが手を離す。

 鳥澤くんも、まさか桐椰くんが月影くんを殴るとは思ってなかったんだろう。さっきまでの興奮もやや冷めたのか、二人を呆然と見つめていた。


「……月影、どういう……」


 一瞬彷徨った月影くんの視線は一点で止まった。それを追うと、松隆くんがいた。騒ぎの中心にいるのが月影くんだなんて珍しい、そう言いたげな表情でやってくる。


「……鳥澤」


 それがどう関係したのか分からないけれど、観念したように、月影くんは溜息交じりに鳥澤くんに切り出した。


「雁屋の件は謝罪する。君の言った通りだ。……俺がいなければ、彼女はずっと笑っていたかもしれんな」


 何の説明にもなっていない、ただの謝罪。代わりに何も聞かないでおいてくれと言わんばかりの曖昧な台詞は、鳥澤くんを苦々しい表情に変えただけだ。


「……なんだよそれ」


 ぎゅっと握りしめられた拳は、昨晩と同じように震えていた。


「……他に、言うことないのかよ」

「……何もない。俺が雁屋に手を出したのは偶然だ」

「……アイツに謝れよ」

「さすがに雁屋も俺に会おうとはしなかったからな。言えず終いだ」

「……それで済まそうっていうのか」

「仕方ないだろう」

「仕方ないの一言で済むわけないだろ!」


 仕切り直された直後の台詞なんてなかったかのように、いつも通りの淡々とした調子に戻った声が、余計に鳥澤くんの神経を逆撫でした。今度こそ鳥澤くんの怒りが頂点に達する。


「美春はお前に襲われたんだぞ!!」


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