第三幕、御三家の矜持
 きっと、その一言は、この場にいる人の中で、私と月影くんと鳥澤くん以外は、誰も知らなかったこと。突然のニュースに野次馬はどよめいた。


「襲われたって言った……?」

「月影くんが女子を襲ったの?」

「美春って誰?」

「……雁屋さん? そんな名前だった気がする」

「あぁ、あの、いつも二位の……」

「そういや雁屋さんってどうしたの」

「馬鹿、転校しただろ」


 桐椰くんも松隆くんも知らなかったんだろう。どうしたのと声をかけることもできずに黙っていた松隆くんと二人揃って、鳥澤くんの言葉にゆっくりと目を見開き、静かに月影くんを見つめ返す。


「じゃあ、月影くんに襲われて、そのせいで転校したってこと……?」


 野次馬の誰かが核心を突き、喧騒は更に大きくなった。


「いくら御三家っていってもやっていいことと悪いことがあんだろ……」

「ちょっと、御三家だからとかそういう問題じゃないでしょ」

「でも月影くん相手ならよくない?」

「そんなわけないじゃん、だって普通に犯罪だよ?」

「遊んでたのは知ってたけど……、サイテー」


 雁屋さんと月影くんとの関係について飛び交ってた憶測は、月影くんへの誹謗(ひぼう)に変わる。かつてない非難が一斉に月影くんに向けられた。ざわざわと言葉の判然としなかった騒ぎが段々と「謝れよ」「レイプ犯じゃん」「気持ち悪い」と形を持った悪意になって、静観を決め込んでいた松隆くんと桐椰くんの目の色が変わる。正論だろうがなんだろうが、部外者が口を出すことじゃない──今にもそう告げそうな二人が、口を開こうとした、その瞬間。


「違う」


 泣き出しそうな、震える声が廊下を打つ。

 それに真っ先に反応したのは月影くんだ。


「薄野、黙れ」

「違うじゃん、月影くんはそんなことしてない」

「薄野」

「ずっと月影くんが身代わりになってただけじゃん」

「薄野!」

「本当は!」


 声を荒げた月影くんに驚く間もなく、ふーちゃんが叫んだ。


「本当は美春が月影くんを嵌めようとしたんじゃん!」


 しん、と。水を打ったように廊下は静まり返った。

 呆然とした状態から立ち直るのは、鳥澤くんが早かった。


「……何、言ってる」

「……月影くんが、美春を襲ったと思ってるんでしょ。違うよ。本当は、美春が月影くんを嵌めたんだよ」

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