第三幕、御三家の矜持
「違う」


 さっき叫んだことを、ふーちゃんは震える声で繰り返した。それに、少し荒々しい早口が被さる。


「俺が言った通りだ。俺が雁屋を襲った。雁屋は俺に襲われたという同級生の好奇の目に晒されるのが耐えられずに転校したんだ」

「違うよ! だって──」

「お前は黙っていろ!」

「だって美春が転校した理由なんて誰も知らないじゃん!」


 聞いたこともないほどの怒りの込められた怒鳴り声と、それに食らいつくような泣き声が、衝突した。


「本当に月影くんとのことが噂になったんならみんな知ってるはずじゃん! でもみんな知らなかったじゃん! いま初めて聞いて月影くんのこと責めようとしてるだけじゃん!」

「実際の認知度を雁屋が勘違いしていただけだ、そんなことは証拠にならない」

「でも私が証拠じゃん!」

「黙れ薄野!」


 ビクンッ、と、凄い剣幕での一喝に、ふーちゃんは肩を震わせ、一度閉口した。月影くんの眼鏡の奥の冷然とした目がまるで蛇のように睨み付ける。


「もう一度言う、お前は関係がない。帰れ」

「……でも」

「帰れと、言っている」


 有無を言わさぬ声に繰り返され、綺麗な顔はくしゃくしゃに歪んだ。ぎゅっと、堪えるようにカバンを持つ手に力を込め──ゆっくりと、踵を返す。

 その後ろ姿を追う余裕なんて、私達にはなかった。


「……月影」


 それは、鳥澤くんが、魂でも抜けたように呆然と月影くんを見つめていたから。


「……どっちが、本当なんだ」

「俺の話が本当だ」

「……根拠は」

「馬鹿を言うな。真実に根拠も何もないだろう」


 そして、月影くんも立ち去ったから。

 残されたのは、私と松隆くんと桐椰くんと、そして鳥澤くん。呆然とした鳥澤くんは、まともに機能しなくなった思考回路で必死に月影くんの言葉の意味を考えているように見えた。

 だって、もし、月影くんの言葉が本当なら、自分はどうすればいい──。そんな心の声が聞こえてくるような気がした。

 私達がそんな空気に包まれているというのに、野次馬は再び生気を取り戻す。


「桐椰くんと月影くん、喧嘩……?」

「二人が殴り合ってるのなんて見たことないけど……」

「そうだよね、松隆くんとは……昔あったけど」

「それよりどういうこと?」

「雁屋の話?」

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