第三幕、御三家の矜持
「ないと言っている」

「ふーちゃんと一緒に、隠してるんじゃないの」

「何も隠していない」


 月影くんの頑固さは、知っていた。どんなにせがんだって、頑固な月影くんがこうと決めたら口を割るはずないことなんて、知っていた。

 だからそっと、深く息を吸う。


「……巻き込まれた私にくらい、教えてくれてもいいんじゃないの」


 それは、狡い台詞だった。頑固であると同時にどこまでも真面目で義理堅い月影くんが、そう言われたら折れる方向に傾くことくらい──折れるしかないことくらい、理解(わか)っていた。

 狙い通り、なんて言うべきではないのかもしれないけれど、打てば響くような拒絶をしていたのが止まった。ふーちゃんがそっと私を見る。


「……亜季、あのね」

「薄野、君は教室に戻れ」


 話してくれないのかな、と少しだけ寂しい気持ちになったけれど。


「俺が話す」


 疲れたような溜息は、どこかなにかを諦めたように聞こえた。

 ふーちゃんは少しだけ心配そうな表情で月影くんを見上げる。何か言いたげにしていたけれど、ややあって私の隣をすり抜けて立ち去った。いつも軽口ばかり叩いているふーちゃんにしては珍しく元気がなかった。

 そうして、二人きりになった廊下で、小さなリップ音が響いた。


「……結論からいえば、鳥澤がしているのは正しい誤解だ」


 誤りであるはずの理解を、正しいという理由(わけ)


「彼は、俺が創った嘘の噂をきちんと信じている」


 月影くんは入口扉に凭れた。重厚な扉はほんの少し揺れて、ガコン、と木材の硬い音を立てた。


「……俺が雁屋を襲ったんじゃない。俺が雁屋を襲ったと、そう認識されるように、雁屋が仕向けた」


 嫌なシナリオを覚悟していたはずなのに、いざ口にされると、まるで氷の手に心臓を掴まれたような心地がした。


「……俺と薄野が親しいことに君は疑問を抱いていたが、薄野は入学当初から図書役員補佐に就いていて、正式な生徒会役員となった後は図書役員だった。俺は入学当初から図書室はよく利用していたから、薄野とはかなり前から親しかった。……それから、雁屋が図書室に来るようになり、彼女ともよく話す仲になって、三人でいることが多かった」


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