第三幕、御三家の矜持
「……他人に話すことではないからな。薄野には黙っておくように念押しした。実際、彼女はこの件に関して一切口を閉ざした。……ついでに、薄野は俺と話すこともしなくなった」


 不意に、体育祭のときの違和感が甦る。好みではない松隆くんを目の保養にしつつ、桐椰くんの様子を実況しつつ──月影くんについてはほとんどコメントせず、かつ傍に来ても話さなかった、あの態度。月影くんは無愛想だから、きっと話しかけても無駄だと思ってるんだろう──そんなことを思っていたけど、きっと本当は違う。

 本当は、月影くんとふーちゃんが、この歪な秘密で結ばれていたから、その糸を見せないように、親し気な態度をとらなかった。

 ひとつの謎が解けたところで、もう一つの謎が喉からせりあがってくる。聞いていいことなのか分からないし、聞く理由も興味本位を否定できるかといわれると自信がなかった。

 それでも。


「……雁屋さんの事件以来、生徒会役員に手を出してたのは、どうして?」

「初めて聞かれたときに答えただろう、ただの思春期だ、と」


 訊ねておきながら、どうしてか、根拠のない、答えになっていない答えが私の中にあった。きっと、月影くんは、雁屋さんを──。


「……好きだったんだ」


 まるで、真冬の吐息のような告白。

 その言葉は確かにその口から零れたのに、一瞬で消えてしまったような錯覚を抱かせる、実際もう消えてしまった、儚い告白だった。


「目標に向けて真っ直ぐに邁進する彼女を、好きだった。でも、彼女が俺に対して抱いていた感情は逆だった」


 震える睫毛が、そっと目を伏せさせた。


「俺は、思い通りにならない感情を、仕方がないと諦めることもできず、理不尽にぶつけていたんだ。くだらないだろう」


 くだらなくなんか、なんじゃないの。好きだった女の子の罠に嵌められて、傷ついたのは事実なんじゃないの。それはただの失恋なんて一言で言い表せるものじゃないんじゃないの。

 そう思っても、口に出すことはできなかった。どれも不正解な気がして。


「……他人から向けられる感情の本当を知りたかった。好きだという、軽々しい二文字の本当がどこにあるのか、知りたかった。俺を好きだというその言葉の意味を知りたかった。ただそんなことのために、手を出した」


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