第三幕、御三家の矜持
 両想いなんて、究極的には相手を信頼しなければなれっこない、“好き”の証明が相手の言葉以外にないから──なんて、そんな話じゃない。それ以前に、その“好き”の意味を雁屋さんが疑わせた。

 “好き”が相手を利用するための甘言でしかないんじゃないかと、きっと月影くんは疑っていた。その疑いは、ただの疑心ではなくて信頼させてほしいという懇願と裏表だった。


「……軽蔑しただろう」


 首を横に振りたかったのに、体が動かなかった。


「俺は雁屋の一件以来、俺を好きだという女子に雁屋と同じことをしていた。……だからというわけではないが、俺が雁屋を責めることなど何もない。疎んじられていると気が付かなかった、俺にも非があるからな」


 雁屋さんは本当に月影くんを疎んじていたの? その疑問が胸の中で渦巻いていたけれど、声にはならなかった。

 そして、月影くんの話はそれまでのようだった。じっと口を閉じ、考え込むように静止する。


「……鳥澤が雁屋の幼馴染だとは知らなかった。雁屋はあまり自分のことを話したがらなかったからな」


 ややあってもう一度口を開いたときは、鳥澤くんの話になっていた。

 そしてそのまま、立ち尽くす私の横をすり抜ける。


「この話は、総も遼も知らん。あの二人なら他人に話しはしないだろうが、特に話す理由もなかったんだ。二人が気になるというなら話しても構わん」


 いつもとは少しだけ違う口調で、私を振り向きもしないでそう告げて、月影くんは立ち去った。

 その後をついていく気にはなれずに、月影くんが立ち去ったのと逆方向にのろのろと歩いた。体には奇妙な倦怠感(けんたいかん)が漂っていた。今まで月影くんが背負っていた重荷を、僅かながら譲り渡されたような気がしていた。

 私がこんなふうに感じるということは、悪者になる覚悟を決めていた月影くんは、どんな思いで過ごしていたのだろう。

 そして、その共犯者になったふーちゃんも。

 そっと、階段に(うずくま)る女の子を見つめた。いつも艶々と輝く黒髪が、今は光を失って見えた。


「……ふーちゃん」


 私が来たことに気付いたふーちゃんが、ぴくりと動いた。


「……月影くんから、美春の話、聞いたんだね」


 顔も上げないまま、ふーちゃんはぼそぼそと答えた。


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