第三幕、御三家の矜持
 私が顔色を変えたのは、蝶乃さんの情報網に怖れをなしたからではなく、蝶乃さんがその事件の詳細を知っているという事実から容疑をかけたからなのに。


「ていうか、そろそろ未海に謝ったら?」

「理由もないのに謝れません。蝶乃さんって色々自分語りする人だけど理由とか求めない人なんですか?」


 莫迦丁寧に訊ねると「は?」と蝶乃さんの口から聞いたことないほど低い声が出た。もしかして地声だろうか。この場に男子がいなくてよかったですね、なんて囃し立てたくなるくらいには声が違った。


「アタシさー……本当頭の悪い人と話すの嫌いなんだけど……」

「すごく気が合いますね、だから私も蝶乃さんと話すの嫌いです」

「いるわよね、自分の頭が悪くて話がついていけないのに相手の頭が悪いんだと勘違いしてる人」

「蝶乃さんって自己分析は得意なんですね」

「脈絡のない返事ばっかりするのやめてくれる?」

「嫌味が伝わらない蝶乃さんってすごく幸せに生きれそうですね。ついでに頭の悪い人は相手を頭が悪い扱いして一蹴すればそれで済むみたいで羨ましいです」


 喋りながら、不意に視界に移った人を目で追ってしまったせいで、突如、パァンッ、と頬に平手打ちを食らった。別の人に気を取られて避けれなかったなんて間抜け過ぎる。他の言い訳をするなら、あれ、なんだ、なんて驚いてしまうくらいには、蝶乃さんが口ではなく手で喧嘩を売って来るなんて予想外だった。実際、蝶乃さんが手を出すことなんて滅多にないんだろう、泣くふりをしていた未海さんまで驚いて私達を見ていた。

 その蝶乃さんはといえば、今までの比じゃないくらいの憎しみの籠った目で私を睨んでいた。憎しみ──そうだ、憎しみだ。蝶乃さんはいつも、私に怒りを向けているんじゃなくて、憎悪に近いものを向けている。


「……本ッ当、アンタみたいな温室育ちで能天気な人間、大嫌い」


 この間も似たようなことを言われた。夏休みに入る直前のクラスマッチだ。桐椰くんを莫迦にする蝶乃さんは、私に、今と似たようなことを言った。


「何をしているんだ、君は」


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