第三幕、御三家の矜持
実際、連れていかれた応接室には月影くんも鳥澤くんもいた。月影くんはいつもの無表情だったけれど、鳥澤くんは何かを堪えるように唇を噛んで、それぞれ座っていた。テーブルを挟んで二人の向かい側には生徒指導の先生と教頭先生がいる。
「……あの、これは」
「桜坂さん、君も当事者で間違いないかね」
何の、当事者か。それが分からないうちは軽々しく頷くことはできないので「何のですか?」と惚ければ、教頭先生の眉間には皺が寄る。面倒をかけさせてくれるなといわんばかりに。
「少し前の廊下での騒ぎのことだよ。聞くところによれば、鳥澤くんが月影くんに掴みかかったと。君もその場にいて騒ぎの中心になっていたらしいが、間違いないかね」
「……たまたまその場にいたという意味では間違ってませんけど、その内容というか、なんで喧嘩になったのかという点に特に関係はないです」
膝の上にある鳥澤くんの手がぴくりと動いたのを視界の隅で捉えながら、語尾まではっきり言い切った。多分、先生に事情を話した人が知っているのは、鳥澤くんが雁屋さんの件で月影くんを詰ったことだけだ。この様子だと、月影くんも先生には「ちょっと諍いがあっただけです」程度しか答えてないはずだ。──鳥澤くんを庇うために。
私が来れば分かると思ってたんだろう、生徒指導の先生は困ったように教頭先生を見るし、教頭先生は億劫そうな溜息を吐いた。その視線は再び月影くんへ移る。心なしか、その目は私に向けられるときよりも優しかった。
「月影くん、どうして喧嘩になったのか、教えてくれないかね」
「どうして、とは」
「鳥澤くんは去年転校した雁屋さんについて、月影くんを責めたと聞いている。それは本当かね」
「えぇ、そうですね」
月影くんが先生と話す様子は初めて見たけれど、どうやらその喋り方も態度はどこでも崩れないらしい。しいて違う点があるとすれば敬語だけだ。
「……君が雁屋さんに、その、乱暴をしたんじゃないかと彼は言ったそうだが、間違いないかね」
「覚えていません」
──その太々しさも、変わらず。
「覚えていないって……」
「急なことで驚いていましたから、その驚きのせいで記憶が判然としません」
「君ほどの子が、そんなことがあるかね?」
「えぇ、凡人なので凡人なりに驚き凡人なりに物を忘れます」
「……あの、これは」
「桜坂さん、君も当事者で間違いないかね」
何の、当事者か。それが分からないうちは軽々しく頷くことはできないので「何のですか?」と惚ければ、教頭先生の眉間には皺が寄る。面倒をかけさせてくれるなといわんばかりに。
「少し前の廊下での騒ぎのことだよ。聞くところによれば、鳥澤くんが月影くんに掴みかかったと。君もその場にいて騒ぎの中心になっていたらしいが、間違いないかね」
「……たまたまその場にいたという意味では間違ってませんけど、その内容というか、なんで喧嘩になったのかという点に特に関係はないです」
膝の上にある鳥澤くんの手がぴくりと動いたのを視界の隅で捉えながら、語尾まではっきり言い切った。多分、先生に事情を話した人が知っているのは、鳥澤くんが雁屋さんの件で月影くんを詰ったことだけだ。この様子だと、月影くんも先生には「ちょっと諍いがあっただけです」程度しか答えてないはずだ。──鳥澤くんを庇うために。
私が来れば分かると思ってたんだろう、生徒指導の先生は困ったように教頭先生を見るし、教頭先生は億劫そうな溜息を吐いた。その視線は再び月影くんへ移る。心なしか、その目は私に向けられるときよりも優しかった。
「月影くん、どうして喧嘩になったのか、教えてくれないかね」
「どうして、とは」
「鳥澤くんは去年転校した雁屋さんについて、月影くんを責めたと聞いている。それは本当かね」
「えぇ、そうですね」
月影くんが先生と話す様子は初めて見たけれど、どうやらその喋り方も態度はどこでも崩れないらしい。しいて違う点があるとすれば敬語だけだ。
「……君が雁屋さんに、その、乱暴をしたんじゃないかと彼は言ったそうだが、間違いないかね」
「覚えていません」
──その太々しさも、変わらず。
「覚えていないって……」
「急なことで驚いていましたから、その驚きのせいで記憶が判然としません」
「君ほどの子が、そんなことがあるかね?」
「えぇ、凡人なので凡人なりに驚き凡人なりに物を忘れます」