第三幕、御三家の矜持
 どちらかが折れることでしか収まらなさそうな険悪な空気に割って入ったのは、らしくない人だった。さっきから視界の隅にちらちらと映り込んでいた月影くんだ。今日は眼鏡をかけていないので、本当に月影くんなのか自信がなかったけれど、抑揚のない喋り方と他人に向ける無関心そうな目も間違いなく月影くんだった。物理的にも割って入ろうとするかのように、月影くんは道を作るように避ける女子の間を歩いてくる。


「ツッキー、今日もコンタクトだね。相変わらずコンタクトだとチャラく見えるね」

「眼鏡が生真面目だという印象を与えるのはともかく、その頭の悪そうなコメントは控えろ。ついでに体育祭開始早々無関係なことで騒ぐな」


 そっちがついでなのか、ツッキー……。なんなら蝶乃さんとどちらが頭が悪いか論争をしていた今“頭の悪そうなコメント”と口にするなんて、強い煽りに感じる。月影くんが来ると分が悪いとでも踏んだのか、蝶乃さんは腕を組んで舌打ちした。そんな態度は美少女の顔に似つかわしくないけど、今更だ。


「いい加減にしてよね。言っとくけど、桜坂さんの態度はまんま御三家の態度でもあるんだから。あんまり生徒会に歯向かわないようちゃんと指導でもしてくれる?」

「言っている意味がよく分からないな。俺達が生徒会に逆らってはいけない理由があるか?」


 眼鏡をかけていないのに、そのブリッジを指で押し上げながら見下すように冷ややかな視線を向けるいつもの月影くんが見えた気がした。やはり眼鏡がなくてもいつもの月影くんは (良くも悪くも)健在だ。蝶乃さんと月影くんって一番会話が噛み合わなさそうな組み合わせだし、実際に喋ってるのなんて見たことがないけれど、少なくとも蝶乃さんが感じた通り、月影くんが劣勢になることはないんだろう。


「……黙認してあげてたけど、いい加減にしてくれない? 御三家だからって威張り散らさないでよ。生徒会にもメンツってものがあるんだけど」

「自分のメンツくらい自分で守ったらどうだ。俺達に責任転嫁するのは筋違いだろう」


 いいぞツッキー、もっと言ってやれ。そこでふと、私と蝶乃さんが顔を突き合わせるとお互いが抱く生理的嫌悪感みたいなものが全面に出てしまうせいで会話にならないのかもしれないと気付いた。実際、蝶乃さんは月影くんの前では喧嘩腰ながら大人しく反論している。


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