第三幕、御三家の矜持
 それでも、鹿島くんは、何一つ事件に関与していない。

 帳簿操作に対する透冶くんの罪悪感を、親の期待に対する雁屋さんの焦燥感を、透冶くんの死に対する関係生徒たちの責任感を、全部自分の思うように、ただ煽動しただけだ。

 誰かの弱さに付け込んで、それを増幅させた。

 ただ、それだけ。


「……なに、それ」


 ただ、それだけなんだ。鹿島くんは何もしてない。あれをしろだのこれをしろだの、言ったわけじゃない。ただ小さな感情を着実に育てただけ。方法を提示したわけじゃない、自分達で方法にたどり着くように道を絞っただけで、道を示してなどいない。

『喋り方も穏やかだしー、人の話よく聞いてくれるし』

 ふーちゃんが言うように、ただ、みんなにとって話しやすい相手であるだけ。


「人のこと、なんだと思ってるの……?」


 それだけでしかないのに、それだけだなんて言いたくなかった。狙った人の心をぼろぼろに傷つけておきながら、そんなことのために人ひとり死んで好都合とでも言いたげに笑いながら、何もしてないなんて言わせたくない。

 思わず、その胸倉を掴んだ。


「透冶くんが死んで、御三家がどんなに傷ついたと思ってるの!? 今でも三人は第六西の裏でお墓参りしてるのに……桐椰くんだって名前が出るたびに顔色変わるくらいずっと気にしてるのに!」


 BCCの前、透冶くんの名前が出るたびに二人と違う反応をしていた。それは、透冶くんの死の真相が分かった今でも変わっていない。

 理由は、桐椰くんが、自分だけは自殺を止められたはずだと悲しんでいるから。


「透冶くんに会ったことなくてもあの三人とすごく仲良かったんだってことくらい分かる。そのくらい仲良かったのに、その透冶くんが死んで、あの三人はボロボロなんだよ! そうなることが分かっててなんでそんなことができるの!?」


 あの三人の心には、今でもぽっかり、透冶くんの席が空いている。

 その空席が埋まることはないことくらい、痛いほど伝わる。


「月影くんだって……雁屋さんと、好きな人と一緒にいて、少しでも傷が癒されてたかもしれないのに、その雁屋さんに裏切られてどうなるかくらい分かってたんでしょ? 桐椰くんが透冶くんのこと馬鹿にされたらどんなに怒るかくらい、分かってたんでしょ……?」


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