第三幕、御三家の矜持
「何されたって付き合ってるんだから関係ないじゃん。今度は痴漢でもなんでもないんだよ」

「付き合ってるって建前があれば嫌がらなくなるのかよお前は」

「別にそんなこと言ってない……」

「言ってるだろ」

「大体、好きでもないのに鹿島くんと付き合う、なんて桐椰くんの思い込みじゃん。本当に私が鹿島くんのこと好きなのかもしれないじゃん」


 本当は言ってて吐き気がするほど嫌いだけれど、飄々としておくしかなかった。


「だったらちゃんとこっち見て言えよ」

「なんで桐椰くん相手に鹿島くん宛ての告白しなきゃいけないの。やだ」

「お前が嘘ついてるから言ってんだよ」

「嘘じゃない」

「嘘だろ」

「嘘じゃないってば!」


 ただの我儘だ。御三家に迷惑をかけたくないのに、桐椰くんと一緒にいたいと思ってしまう。

 ソファに座って、くだらない話をしながら笑って、時々制服越しに肩だけでも触れていたら。……そういう時間がちょっとずつあるとき、それが幸せだなと思ってしまう。

 究極のかまってちゃんだね、と鹿島くんは嗤った。

 その通りだ。

 そんな幼稚な感情が後ろめたくて、顔を上げた桐椰くんの目を真っ直ぐ見つめることなんてできなかった。


「おい」

「……やだ」

「なにがやだなんだよ」

「……なんでもない。帰る」

「お前なぁ……」

「帰るから!」


 桐椰くんの前でいつも駄々っ子になってしまうのは、桐椰くんが許してくれると思っているから。

 ──付き合っていたときのあの人のように。

 そのことに気が付いて、ひとりではっとした。

 氷の矢に心臓を射抜かれたような、それに容赦のない弾劾をされたような心地がした。

 やり場のない感情がむくむくと自分の中で沸き上がる。

 桐椰くんはなんだかんだ私の面倒を見てくれることとか、桐椰くんはいつも仕方なさそうに私を許してくれることとか、桐椰くんだけが私の名前を呼ぶこととか。そんなことをいつも期待しながら桐椰くんの隣にいる自分に──自分の中で積もっていった感情の正体に──泣きたくなった。


「おい亜季、いい加減に──」

「呼ばないでよ!」


 そんなときに、そのトリガーを引かれたら、もうおしまいだ。

< 383 / 395 >

この作品をシェア

pagetop