第三幕、御三家の矜持
桐椰くんを前にしたときに必ず感じてしまう、我儘な苛立ち。そのせいでいつだって、まともに感情は噛みあわない。
今だってそうだ。大声に慣れない喉は、悲鳴のように耳障りな音を出した。急に名前に反応した私に、桐椰くんは怯んだ。
桐椰くんだけはなんだかんだ私の面倒を見てくれて、桐椰くんだけはいつも仕方なさそうに私を許してくれて……桐椰くんだけが、私の名前を呼ぶ。
本当は桐椰くんだけじゃないけれど、いつも、桐椰くんだけが呼んでくれる気がした。最初は驚いたし、あんまり呼ばれることはなかったけれど──……きっと、私は、呼ばれる度に嬉しかった。
だから、聞き続けるのが苦しかった。桐椰くんの輪郭が僅かに滲んだ。
「亜季なんて、呼ばないでよ」
大嫌いな名前を口にした声は、震えた。
『なんで亜季だけが生きてるの?』
「名前なんか呼ばれたって嬉しくないのに」
詰責のように聞こえるそれは、ただの八つ当たりだった。
『亜季は要らなかったのに』
いつだって脳裏に浮かぶのは、泣いているお母さんだ。
『亜季じゃなくて、匠が生きててくれればよかったのに』
“私”への疑問を、お母さんは、いつだって譫言のように繰り返し、枕詞のように用い、讒言のように吐き捨てた。だから私は“幕張匠”になった。“幕張亜季”じゃなくて“幕張匠”なら生きててよかったって言ってくれると思ったから。“私”も生きてていいんだって思いたかったから。
「なんで、私の名前なんか呼ぶの?」
でも結局、お母さんが“私”の生きてる価値を認めてくれたことなんてなかった。
一生言うつもりなんてなかった思いを言葉にして吐き出すと、余計に苦しくなった。このままこの苦しみに縊り殺されたかった。こんな苦しみと一緒に生きたくない。捨てられないなら殺してほしかった。
それでも。
「……好きだからだよ」
掠れていて、今にも泣きだしそうで、嘆きに似た告白が。
「……好きだから、名前を呼んだ」
ぎゅう、と別の苦しみを伴って、喉を締め付ける。
きっと、その苦しさは、桐椰くんから伝染したんだろう。感情を必死に堰き止めているような桐椰君の表情を見れば、そうに違いなかった。
「……だから……」
今だってそうだ。大声に慣れない喉は、悲鳴のように耳障りな音を出した。急に名前に反応した私に、桐椰くんは怯んだ。
桐椰くんだけはなんだかんだ私の面倒を見てくれて、桐椰くんだけはいつも仕方なさそうに私を許してくれて……桐椰くんだけが、私の名前を呼ぶ。
本当は桐椰くんだけじゃないけれど、いつも、桐椰くんだけが呼んでくれる気がした。最初は驚いたし、あんまり呼ばれることはなかったけれど──……きっと、私は、呼ばれる度に嬉しかった。
だから、聞き続けるのが苦しかった。桐椰くんの輪郭が僅かに滲んだ。
「亜季なんて、呼ばないでよ」
大嫌いな名前を口にした声は、震えた。
『なんで亜季だけが生きてるの?』
「名前なんか呼ばれたって嬉しくないのに」
詰責のように聞こえるそれは、ただの八つ当たりだった。
『亜季は要らなかったのに』
いつだって脳裏に浮かぶのは、泣いているお母さんだ。
『亜季じゃなくて、匠が生きててくれればよかったのに』
“私”への疑問を、お母さんは、いつだって譫言のように繰り返し、枕詞のように用い、讒言のように吐き捨てた。だから私は“幕張匠”になった。“幕張亜季”じゃなくて“幕張匠”なら生きててよかったって言ってくれると思ったから。“私”も生きてていいんだって思いたかったから。
「なんで、私の名前なんか呼ぶの?」
でも結局、お母さんが“私”の生きてる価値を認めてくれたことなんてなかった。
一生言うつもりなんてなかった思いを言葉にして吐き出すと、余計に苦しくなった。このままこの苦しみに縊り殺されたかった。こんな苦しみと一緒に生きたくない。捨てられないなら殺してほしかった。
それでも。
「……好きだからだよ」
掠れていて、今にも泣きだしそうで、嘆きに似た告白が。
「……好きだから、名前を呼んだ」
ぎゅう、と別の苦しみを伴って、喉を締め付ける。
きっと、その苦しさは、桐椰くんから伝染したんだろう。感情を必死に堰き止めているような桐椰君の表情を見れば、そうに違いなかった。
「……だから……」