第三幕、御三家の矜持
 だから、の後には、何が続くのか。


「嫌だ」


 知ってしまえば、後戻りできないから、絞り出すような声で、答えになっていない答えで突き放す。


「これ以上、私の価値を否定しないで」


 (わだかま)り──なんて一言で、いまの状態を言い表すことなんてできなかった。喉の奥より奥、胸よりももっと奥、肺だとか心臓だとか触れてしまえるものとは違う体の奥底のような場所に、何かがある気がした。その何かがいわゆる心なら──心が痛い気がした。

 心臓の鼓動など、感じない。体はとても静かだ。ただ、その何もないところに確かに在りそうな心が、妙にその存在を主張している。何に触れるわけでもないのに存在を主張することのできる、奇妙なそれが、私の答えに対する答えを知っている。


「……なんだよ、価値って」


 でも、知らないふりをした。


「さぁ」


 そっと桐椰くんの手を肩から外した。桐椰くんは大人しく私の手に従ってくれた。それが意味するのは、諦念だろうか。


「私も知らない」


 ただ少なくとも、第六西を出た私を、桐椰くんが追ってくることはなかった。





「酷い顔だねぇ」


 下駄箱で待っていた鹿島くんは、マフラーに少しだけ顔を埋めて薄く笑った。


「御三家と何を話してきたの?」

「……なんでもいいでしょ」

「気になるんだけどな、一応彼氏だし」

「嫉妬とか独占欲まで忠実に再現しなくていいんですよ」

「そうだね。ただ少なくとも、君の他人行儀さは直したほうがいいかもね」


 妙に偉そうに手が差し出された。手袋もしていないその手をじっと見つめる。

 その手に誘われるがままに足を踏み出せば、きっともう御三家との関係は終わる。


「……そうだね。一応彼女だし」


 だから、挑戦状よろしく、叩きつけるようにして手を取った。





「なんで、そんな顔してるんですか」


 なんで、何も上手くいかなかったんだろう。


「……何回も言ったけど、お前に関係ないだろ」


 そっと目を伏せて、ひとつひとつの言葉を振り返れば、間違いだったのかもしれないものはたくさんある。でもきっと、正解だっただろうこともたくさんあった。

 その有象無象の間違いと正解を繰り返して、出た結果は──。


「……でも、一応、半分は姉ですし」


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