第三幕、御三家の矜持
真実追放
「ねぇ、月影くん」


 上腕部分のセーターがそっと指先に掴まれる感覚と、視覚に騙された脳が感じ取る体温と──僅かな震えを隠しきれない甘い囁き。


「──きゃああああぁぁっ!」


 一転したのは、一瞬。

 ブツン、と繊維の千切れる音は聞こえただろうか。カン、と床にボタンが落ちる音は聞こえただろうか。バン、と扉が叩きつけられた音は聞こえただろうか。

 脳が、状況を処理しない。呆然という表現がこれほどまでに似合う自分が、今までいただろうか。

 ふと気が付いたときには、背後の机に両手をつき、腰の少し下を預けるようにして立ち尽くしていた。ゆっくりと足だけで立ち、陸上の亀ほど(のろ)く、生徒会室を横切った。

 まだ。まだ、頭が、追いつかない。あれからどのくらい経った。……あれとは、なんだ。


「月影くん……」


 生徒会室を出た直後の廊下で呼び止められ、振り向いた。養護教諭がいる。焦燥を隠すことなくその顔に露わにしている。なぜこんなところに養護教諭がいる。生徒会室に用などないはずだ。例外的に用があるとすれば、養護すべき生徒が生徒会室にいるからで……。


「月影くん、本当に……?」


 あまりにも(のろ)い思考を煩わしく感じることさえできなかった。
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