第三幕、御三家の矜持

 養護教諭に、それ以上何を言われたのか、全く思い出せなかった。ただ気が付けば、生徒指導室にいた。ゆっくりと見まわせば、室内にいたのは養護教諭だけではない。クラス担任、学年主任、生徒指導教員、教頭と、数こそ少ないものの、現段階で集めることのできる限りといった印象の教諭がそろい踏みだった。

 そこで唐突に頭がいつもの回転を取り戻し、理解した。


「月影くん、もう一度聞くよ」


 教頭は、少し掠れた声をしていた。年相応とは別に、おそらく緊張感のせいで。


「君が雁屋さんに乱暴しようとしたというのは、本当かね」


 きっと、部屋の隅で白衣に包まっている一人を除き、誰もがひとつの答えを望んでいた。自惚れじみた想定かもしれないが、学年首席をこんなところで失いたくない、と思っていたからだろう。


「間違いありません」


 声もなく、音もなく、ただ気配だけで、その場にいた全員が騒然とする。視線だけで雁屋の様子を探ったが、白衣に包まり、その中に(うずくま)るようにして顔を隠しているので、その感情はおろか、表情さえ読み取ることはできなかった。

 弾劾裁判中の法廷よりも重苦しい沈黙に襲われた室内で、ゆっくりと、一人が口を開く音がする。


「……月影は、特待ですし」


 罪体(ざいたい)にも情状にも、まるで無関係な事実と共に。


「それどころか、過去十数年間の中でも特に優秀で……」

「……そんな月影くんのことだ、ちょっと、その、魔が差した、といったところだろう」

「いやいや、そもそも、誤解があるんじゃないか。本当に月影くんは乱暴しようとしたのか」

「そうですね、もしかしたら……、その、何かに引っかかっただけなのかも」

「引っかかったって、そんな千切れ方……」

「呼び止めようとしたら引っ張られたとかじゃ、ないですかね」


 処分を決めるというよりも、処分結果ありきで方針を正当化する理由を探していた。

 これは、雁屋にとっては誤算だろう。急速に日頃の冴えを取り戻していく頭の中には、雁屋を嗤う自分さえいた。

 この学校の教諭に、正しい判断のできる者なんているものか。

 どちらの生徒が学校に利益を(もたら)すか、教諭は分かっているはずだ。

 そのためにはどうするべきか、もう十分に知っているはずだ。


「……月影くん、間違い、ないんだね」

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