第三幕、御三家の矜持
 ただ少なくとも、自分が何もしていないと知っているからか、立て続けに浴びせられる雁屋の母親の非難は、何一つ心を動かさなかった。心はフラットなままだった。自分にしては馬鹿馬鹿しいほどにぼんやりと一点を見つめる。

 この手続に、何の意味があるというのだろう。


「お母さん、落ち着いて……」

「これが落ち着いていられますか! 先生には娘さんはいらっしゃらないんですか? 先生ご自身の娘さんが同じ目に遭ったらどう思われます? 普段は真面目な子だから、魔が差しただけだからで許されますか?」

「いえ、もちろん、こちらとしても何らかの処分は考えますけれど、重大な問題ですから、職員会議にかけてですね、今この場でというわけにはいきませんし……」

「この子が襲われたと、全教職員に広めるんですか! 大体、重大な問題だからこそ、職員会議をするまでもないことは明らかです」


 裁判は公平な処分を求めるための手続だが、今この場での手続の意味は。


「退学処分以外に、何かあるんですか?」


 俺を退学にする理由を付けることしかない。

 雁屋の母親の怒りは相当なもので、教頭はそれを宥めるのに必死だった。父親は何も言わずに、ただじっと俺を見ていた。俺は、ただ座って、教頭と雁屋の母親の遣り取りを見ていた。

 権威も秩序も何もない、子どもの模擬裁判よりも幼稚な空間。


「……あの」


 それは、自信なさげな、弱弱しくか細い声と、滑るような扉の音に遮られる。


「勝手に入るんじゃない!」


 そのくせ、生徒指導の恫喝(どうかつ)には一切怯(ひる)むことなく、「あたし!」と続く。


「……あたし、あの……生徒会室に、いました」


 そして、新たな証人として自ら名乗り出る。


「……雁屋さんが、自分で制服を破って、飛び出したの、見てました……」


 そこで、裁判の空気は一変する。教諭達は一層どよめいたし……、もしかしたら、安堵した者までいたかもしれない。


「は……?」


 ただ、間違いなく、雁屋の母親は怒りで唖然とした。


「それはつまり、うちの娘が、その子を陥れようとしたと言いたいんですか?」

「……そうです」

「本気でそんなことを言っているんですか?」


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