第三幕、御三家の矜持
 黙り込んだ薄野と、薄野を論破したと感じている雁屋の母親と、静観を決め込んだ父と、判断に困り果てた教諭達と……唯一真実を知りながら黙秘を貫く雁屋。

 それぞれの思考と思惑が交錯して沈黙が落ちて、暫く。もう結論は出た、審理は十分だ、結審しよう、その感情が沸点に達しようとした、そのとき。

 コンコン、と、遠慮がちでもなく、軽いノック音が響いた。


「失礼します」


 静かな扉の音は、新たな証拠調べの請求を申し出る。

 現れた者の表情は、この場面に相応しく、一方で、相応しいからこそ、その裏に企みを感じさせてならなかった。


「すみません、会議に出席していない生徒会役員を探していたところ、こちらへ向かっていたとの話を聞きましたので……盗み聞きするつもりはなかったのですが、事情は把握してしまいました」


 そこで、どうでしょう、とやはり企みを提示する。


「いわゆる繊維(せんい)鑑定を行っては?」


 “いわゆる”と付け加えたのは、その正確な名称に心当たりがないからだろう。なんなら鑑定方法も知らない。よく聞くのは、掌に粘着テープのようなものを貼ると、それだけだ。

 鹿島の意見はこうだ。話を聞いていたところ、どうやら月影(おれ)が雁屋を襲ったか否かの事実に争いがあるようだ。現場を目撃したという雁屋の証言も、どうやら信じ難い部分があるのようだし、それなら客観証拠となる鑑定という手段を用いよう。記憶が正しければ、今日の雁屋は白いシャツに紺色のセーターを着ていて、月影は、見ての通り青いシャツに黒いセーターを着ているから、月影の服の繊維と雁屋の服の繊維とが混同されることはないだろう。因みに、幸いにも伝手はあるので、頼めば行うことは可能だ。

 その意見が尤もらしいからなのか、それとも鹿島の権威がそうさせたのか、教諭達は頷いたし、雁屋の母親も自信をもって賛成した。父と薄野は何も言わなかった。

 俺は、ゆっくりと記憶を掘り返す。今日は、雁屋に触れただろうか。雁屋でなくとも、雁屋と似た制服の者に触れただろうか──その記憶はない。ただ、雁屋に触れたか否かだけが曖昧だった。雁屋は、周到に、俺を自分に触れさせただろうか?

 雁屋は、この決定に、どう対応するのだろうか。

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