第三幕、御三家の矜持
 ずっと、伺うように視線を向けることしかできなかった雁屋を見た。まだ白衣に包まったままだった。膝を抱えて、顔を上げる気配すらなく。

 彼女は、この裁判中、ずっと、何を考えているのだろう。

 考えても分かるはずがないのに、そんなことを考えているうちに、まるで予め用意されていたかのように手早く手配をされてしまって、気が付いたときには、すべてが終わっていた。


「……出なかった?」


 すべて、終わった。

 掠れた声には、疑念と羞恥のようなものが混ざっていた。

 雁屋の母親は、詰まった。その表情には焦燥が浮かんだ。必死に擁護してきた娘が、まさか嘘を吐いていたというのか、そんなはずがない、だがしかし、そうだとしたらこの鑑定結果は……──そう、悩んでいるように見えた。


「……美春」


 その苦悩をどうにか解消しようとしたのだろう。


「本当のことを教えて。本当に……、月影くんに襲われたの?」


 真実と確認するのでなく、疑義を呈する方法で。

 そこで、もし、母親が娘を信じていれば、何かが変わっていただろうか。

 きっと、雁屋が口を開くまでは、ほんの一分か二分程度だったはずだ。それなのに、気が遠くなるほど莫大な時間が流れたような気がした。その原因は、誰も喋ろうとしなかったからか、それとも誰もが気付いてしまったからなのか、判然としなかった。


「……ごめんなさい」


 蚊の鳴くような声がそう告白した瞬間、どうしてか、全身から冷や汗が噴き出した気がした。

 どうして、俺のほうが、弾劾されたような気持ちになってしまったのだろう。

 先程までとは異なる沈黙が落ちた部屋の中で、一人がすすり泣く声だけが響いていた。





 コトン、と静かな音と共に、隣にマグカップが置かれるのが視界の隅に映った。


「酷い有様だな」


 ギ、と椅子を引く音がし、鹿島が座った。


「雁屋は転校したよ。理由は、君に乱暴されたことが噂となっていて、居た(たま)れないからだそうだ」


 俺に乱暴されたことが噂になっていて居た堪れない──それは、どちらの意味だろう。


「……繊維が出なかったからな」


 どうしてか、的外れな返事をした。鹿島の言葉に、何も答えようとしていなかった。だが、鹿島自身、何も問いかけをしていないのだから何の問題もない……そう言い訳をした。
< 393 / 395 >

この作品をシェア

pagetop