第三幕、御三家の矜持


「繊維、ね」


 あまり鹿島の話に付き合うつもりはなかったが、含みのある言い方のせいで顔を上げてしまった。鹿島は、別に俺を見てなどいなかった。ただ、窓の外に顔を向けているだけで、更に景色でもなく、どこか別のところを見ていた。


「リトマス紙じゃあるまいし、一瞬で結果が出るわけないだろう」


 ……どこか、別のなにかを。


「そもそも、伝手があるって言ったって公権力にそこまでの無茶ぶりがきくわけない。あれは、はったりだった。当事者の話は一致してるとはいえ、君があんなことをするはずがないと思ったが、ああでもしないと雁屋は正直に本当のことを言わなかっただろうからな」


 自分の勉強不足と、どうしても収まることを知らなかった狼狽っぷりを恥じた。その通りだ。想像でしかないが、きっと本来は、科捜研に鑑定が嘱託され、その鑑定結果が出、鑑定書類が作成されるまで、一カ月程度はかかるだろう。全く知識などないが、それは想像に難くないことだった。


「……そうだとしても、俺の掌から雁屋の制服の繊維が出なかったと判明したがゆえに雁屋は自白したと、そういうことにしておこう」


 ただ、そんなことに今更気が付いても遅い。せいぜいこれからできるのは、判明しきった事実を繋ぎ合わせて、都合よく真実を作ること。

 もう、雁屋に対してできることはない。あとは薄野だ。薄野の証言を主軸にするのはやめておこう。仮に、今回の件を知る人間が出た場合に、薄野の証言で雁屋の嘘が明るみになったとなれば、薄野の立場が悪くなるから。薄野の関与まで勘付かれた場合に備え、そういうことにしておこう。そうすれば、薄野は、そう頑強に雁屋の罪を主張したことにならないだろうから。


「ひとつ」


 考え過ぎだろうか。考え過ぎた結果、無意味な隠蔽になっていないだろうか。

 これから、すべて、隠蔽できるに越したことはないんだが。


「ひとつ、聞いておきたいんだが」


 既に現在(いま)のことから離れてしまっていた俺を、鹿島は現在に引き戻す。


「なぜ、掌に服の繊維がついていないことは、触ったことが証明できないに過ぎないと言わなかったんだ?」


 静かな声と、静かな表情は、他意はないと伝えてくるのに、どうしてか、他意しか感じることができなかった。

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