第三幕、御三家の矜持
 少なくとも、お前にはその程度の意味は分かっているはずだと、言外に伝えられていた。


「結局、そこまでして雁屋を庇いきる覚悟はなかった、ということか?」


 続いて浴びせられたそれは、弾劾だ。

 裁判の最後に相応しい、俺の偽善への弾劾。


「……そこまで頭が回ってなかったんだ」

「そういうなよ、俺は別に責めてない」


 俺の掠れ声に対して、猫なで声で返すでもなく、ただ淡々と。


「別に、君が最後の最後に自分を可愛く思ったって、それは当たり前だ。そもそも、被害者である君が雁屋を擁護する必要も理由も、この世には存在しないんだ」


 本当に、そうだろうか。

 加害者と被害者である以上、俺が雁屋を庇う必要と理由はないのだろうか。


「雁屋だって、繊維鑑定をしたらどうだって言われたときに、正直に言えばよかったんだ。それを黙っていたからこうなった。……繊維がどこまで人の手につくものか、それをどこまで雁屋が知っていたかはさておき、雁屋は君に制服を触らせることで、冤罪の立証に成功したつもりだったんだろうな」


 明らかにならなかった、雁屋の動機は──。


「なぜ、そこまでしたのかは分からないが」


 中身は順調に減っているが、まだ離席するほどではない、そんなマグカップを手に取り、鹿島は席を立つ。

 その姿を追うほどの、余裕がなく。


「よっぽど、君を追放したかったんだろうね」


 その二語が、たった二語にしては、酷く、心にのしかかった。





 外に出ると、雪が降っていた。どうりで寒いはずだった。思わず、寸分の隙も与えないように、マフラーを巻きなおす。

 ただ、呼吸だけはどうしようもなく、雪の日独特の澄んだ空気は、ほんの少し、断続的に肺に入ってきた。

 ほんの、少し。断続的に。


「透冶……」


 ひたりと、冷たい氷の結晶が、頬に触れた。

 瞼の裏に、生徒会室で振り返った雁屋の姿が浮かんだ。焦燥しきった表情で飛び込んできた薄野の姿が浮かんだ。……あの日、応接室で立ち尽くす、二人の姿が浮かんだ。



 なにも、うまくいかないんだ。

 お前を失くしたあの日以来、なにも。




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