第三幕、御三家の矜持
「それでもついてくる必要あります?」

「さきほどのことがまた起こっても面倒だ。菊池のことになると君は容易に理性の(たが)を外すからな」

「……別に意図的に外してるわけじゃないもん」


 何も言い返せなかったので細やかな反抗をしたけれど、月影くんは無視だった。隣に並んでしまった後も、ただ黙って歩いているだけだ。水道場への道のりはあまりやる気のない人達で溢れていて、私と月影くんという組み合わせは目立ったけれど、体育祭の中心から外れるという意味では大して珍しくはなかった。

 水道場に着いてから、ポケットに入れておいたハンカチを濡らして、頬を冷やす。月影くんはやっぱり黙って腕を組んで隣にいるだけだ。


「……ていうか、つっきーは何出るの? こんなところにいていいの?」

「障害物競走はまだ先だ。おそらくあと数十分出番はない」


 頭の中に浮かんだ体育祭プログラムの中で、男子の障害物競走は七番目だった。男子全体競技も障害物競走の後だし、確かにこの時間帯は暇なのか。実際、出番まで時間があって暇そうな人は、水道場から数メートル離れた木陰に十数人はいた。なるほど、と頷く。


「それにしても、蝶乃が手を出すのは珍しいな」

「あ、やっぱり?」

「あぁ。口喧嘩という弱い土俵で勝負を挑みたがるのは彼女の謎の一つに数えられるくらいよくあることだ」

「つっきーといい松隆くんといい、蝶乃さんに厳しくない?」

「頭の悪い女が嫌いだと何度言えば分かる。第一、俺がどうだというより、何があるというわけでもないのに君と蝶乃と犬猿の仲になっているのも妙な話だと思うがな」


 全くもってその通りだ。舞浜さんが私を陥れようとするのはまだ分かる、舞浜さんを筆頭にそのグループが御三家のファンだからだ。でも蝶乃さんはそうではないし、私と直接衝突したこともない。単に御三家のことが嫌いだからそちら側にいる私も嫌い、というのはまだ分かるけれど、なんであそこまで突っかかってくるのか謎だ。


「蝶乃さんの言葉に心当たりはないわけじゃないんだけどねぇ……」

「なんだ、あるのか」


 それならそう驚く話ではあるまい、と月影くんは柳眉を吊り上げる。しかし、その期待に反して、心当たりといってもそれほど強いものではない。


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