第三幕、御三家の矜持
 ふーちゃんの口から出たのは映画でもドラマでも主演を張る有名な俳優だった。「そーそー。あの最高にイケメンなオジサマだよ」と重ねられる通り、とても四十代には見えないイケメンなオジサマだ。その手の話題にあまり詳しくない私でも顔が浮かぶ。


「……え、待って。それが蝶乃さんのお父さん?」

「うん。靖は本名で、東條は芸名だったっけなー」


 どうりで蝶乃さんも美少女なわけだ……。つい振り返ってしまうような人目を引く美しさというか可愛らしさというか、それは遺伝子の出した順当な結果だったわけだ。蝶乃さんに可愛くないだのなんだの罵られるたびに、なんでそんなに偉そうなんだと思わないことはなかったけれど、遺伝子レベルで格が違うとなれば仕方がない気がした。


「その東條靖、昔不倫騒動あったこと知らない?」


 そして、疎い私がその俳優について知っているのは顔と主演映画一本、二本程度だ。それこそ蝶乃さんのお母さんだってブランド業界で有名なんだから、ネットで調べればその二人が夫婦なんだってことくらい出てくるだろうけれど、私は知らない。だから当然、ふーちゃんの口にした情報も知らなかった。首を横に振れば「まぁそんな興味ないよねー。あたしが知ってるのも、テレビで見たことと歌凛ちゃんが愚痴っぽく言ったことだけだしー」とふーちゃんもあまり興味なさげな横顔だ。


「あたし、生徒会入ってすぐの頃、親が厳しくて漫画読めないんだーみたいな話したとき、歌凛ちゃんに怒られたんだよね。構ってもらってるだけ文句言うな贅沢だ、みたいな。別にあたしそこまで思ってないんだけど、そっからずっと気まずいっていうのかなー? あー、この人あたしのこと嫌いなんだなーっていうのはよく分かる」


 仮にも自分に嫌悪感が向けられているというのに、その口ぶりは全く気にした様子がない。心が広いのか、それともあまり興味がないのかどちらだろう。じろじろと見つめていると、ふーちゃんはきょとんとしてみせる。


「なに?」

「いや……その、嫌われてるのに気にしないんだなって……」

「気にはするけどさー、あたしは別に歌凛ちゃんのこと好きでも嫌いでもないし」

「あ、そうなんだ?」

「まー、歌凛ちゃんの性格のひん曲がり方は合う合わないあるけどねー」


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