第三幕、御三家の矜持
 明日は九月三日、体育祭がある。文化祭にお金がかかっている代わりに体育祭は余興のような扱いで、その手抜きっぷりは前日のホームルームで出る種目を決めるほどだ。もちろん体育祭を楽しみにしてる人も一定数はいるし、応援団にとっては一大イベントなわけだし、事前の練習が任意なだけで誰もが何もしていないわけではないけれど。


「運動神経良い桐椰くんは体育祭の花形、選抜リレーにご参加ですか?」

「そうなんじゃねーの」

「去年は?」

「出たよ」

「じゃあ今年もきっと出るね。まだ老化するような年じゃないもんね」

「どうだろうな」


 ずっと、振り向くことなく、ただ頭を少しだけ後ろに傾けて喋っている。それでも、こちらを向けと催促されることはない。無個性な相槌が変わる気配もない。頭の角度を正常に戻した。


「優実が体育祭行きたいって言ってたよ」

「……ふぅん」

「ちゃんと勇姿見せてあげようね」

「……たかが体育祭に勇姿も何もねーだろ」


 声音の変わらない、淡々とした返事。何を続けようか考えようとしたときに丁度担任の先生がやってきたので、都合よく会話は終わる。……会話。少し首を捻った。果たして、今日の私と桐椰くんの遣り取りは、会話なのだろうか?





「おーさかさーん」


 ホームルームを終えてほんの数分後、飯田さんの声に名前を呼ばれて顔を上げる。飯田さんはどうしてかご丁寧に私のところまでやってきた。


「なに?」

「これ。渡してって頼まれたからー、一組の子に」

「……不幸の手紙はこっそり投函(とうかん)されているものだと思ったんですけど、手渡しって新しいよね」


 差し出されたのは白い便箋だった。受け取りながら思わず顔をひきつらせてしまう。何の模様もないただの真っ白い便箋というのが余計に不気味だった。そんな不幸の手紙は桐椰くんにとってはさしたる珍しい話題でもないのか、鞄と腕を枕にしてうつ伏せになった頭が動く気配はない。その様子を飯田さんは意味ありげに一瞥した後、何言ってんのー、といわんばかりに役目を終えた右手を動かしながら私に向けて笑ってみせた。


「そんなんじゃないでしょー。ラブレターだよ、ラブレター!」


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