第三幕、御三家の矜持
 うんうん、と頷いていると「お、噂をすればー」とふーちゃんがトラックを見た。月影くんが平均台の上を歩いている。女子のいる辺りから黄色い悲鳴が上がるけれど、シュールだ。私は笑いたくて仕方がない。次いで網の中を潜る月影くんも面白くて仕方がない。御三家の一人が出場しているせいか、やけに障害物競争は賑やかだ。周りからは「やだあの駿哉くん可愛い……」「パンになりたい……」なんて感想が聞こえて来るけれど、私はパンに食いつく真顔の月影くんを指さしてお腹を抱えて笑いたい気持ちでいっぱいだ。笑いを堪えるせいで肩が震える。もしこれを月影くんに見られたら後々酷い目に遭いそうなので周囲の女子の中に紛れるようにこそこそと場所を調整した。そんなことをしなくても、月影くんを見たい女子がこぞって背伸びをしていたので、よっぽどの地獄目(・・・)でも持ってない限り気付かれることはないだろう。

 と、そのとき、不意に「キャーッ!」と歓声が爆発した。なんだなんだ、と辺りを見回すまでもなく、ふーちゃんが「およ?」と首を傾げる。


「もしかして月影くん……」

「え、なに?」

「桜坂はいるか」


 なぜか月影くんの声に呼ばれた。競技の真っただ中であるはずなのに一体何事かと思えば、掻き分けられる前に避けた女子の間からぬっと月影くんが現れる。この暑さの中で走っていた月影くんは顔をしかめていていつにも増して不機嫌そうだ。


「はい桜坂います」

「来い」

「横暴! え、なに、理由くらい──」

「いいから来い」


 そして理由も教えてもらえないまま腕を掴まれ引き摺られるように一緒に駆け出す羽目になった。なんだなんだと掴まれた瞬間には思ったけれど「また桜坂亜季」「本当鬱陶しい」「邪魔」と口々に聞こえた悪口と、今現在の競技のお陰で察した。


「つっきー、好きな女の子でも連れてこいとでも言われたんですか」

「分かったら走れ」

「走ってますけど!? つっきー自分の足が速い自覚ないんですかね!」


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