第三幕、御三家の矜持
 因みに私だってそこそこ速いほうだ。理由というか原因は、中学生のとき、敵わない相手からは逃げるという選択をとることもあったから。クラス対抗リレーの選手選抜のために貼り出されていた五〇メートル走のタイムを見れば、クラスの女子の中では上から三番目だった。因みにクラス対抗リレーは男女各三名が出るけれど、当然のごとく私は存在を無視されたので上位だろうがなんだろうかリレーには出ない。逆に桐椰くんはクラスで二番目に速いので女子が黄色い声を上げていた。御三家が絡むとなればたかだか五〇メートル走のタイムだけで大騒ぎだ。

 そうして女子から一斉にブーイングを浴びながら、月影くんと一緒に二位でゴール。ゴール場所では体育祭実行委員が一位到着の人を「お題は三世代前 のRingo製スマホ! 難易度は高かったですが素晴らしい!」と褒めていた。次いで月影くんが札を差し出せば「続く方は──気になる異性!」と仰々しく読み上げてくれた。そのお題が読み上げられた瞬間に観覧席からは歓声ではなくて悲鳴が聞こえた。多分選ばれなかった女子達の悲痛な叫びだ。でもそんな落胆なんてする必要はない。いかんせん月影くんは、私を連れてくる時は手ではなく腕を掴んでいたし、ゴールした瞬間に用済みといわんばかりに離すときた。ムードもへったくれもない。お陰でただただ私が一身に女子からの(ねた)(そね)みの目を向けられているだけだ。体育祭実行委員が男子なのが幸いして、彼だけは私を睨むことなく「ほほーう、かの有名な桜坂亜季さんですね!」と余計な修飾もつけながらご丁寧にフルネームで私を紹介してくれた。続けて「やはり御三家の姫というわけですね!」と月影くんにインタビューするも「寧ろ使い勝手のいい下僕だな」といつもの調子で冷ややかに返されている。公共の場で桜坂亜季下僕宣言がなされてしまった。そんなインタビューは一言ずつ三位までなのか、他に聞こえた遣り取りは「お次はハナノクニヤ買い物袋!」「母がいて良かったです」だけだった。


「というわけで君はお役御免だ。所定の位置に戻っていい」

「いやつっきー、この状態であの女子の軍団の中に帰るとか怖いんで無理です。女子の障害物競走始まるまで待機します。ていうか空気読んでください」


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