第三幕、御三家の矜持
 立ち止まって何かを話すわけにはいかなかったのか、鹿島くんは特別意味もなさそうな台詞だけを述べて、そのまま八橋さんと列の後ろに並びに行ってしまった。相手が鹿島くんとなれば驚いているのは私だけじゃない、他の女子からも「鹿島くんのこと好きだったの?」「てか歌凛っていいの?」「追放待ったなしでしょ……やっちゃったな……」と同情に近い言葉がいくつか聞こえてくる。確かに蝶乃さんに直接逆らったとなればこの学校から追放される勢いだと思うのだけれど……、八橋さんって確か生徒会役員でもないし、大丈夫なのかな……。八橋さんからは怪我したときに絆創膏を貰ったことがあるので、一宿一飯の恩のごとく、なんだかその立場を心配してしまう。

 が、その困惑に近い感情は、続く爆発音みたいな歓声に吹き飛ばされた。今度は何事だ、と生徒の待機テントから走って来る二人組を見る。例によってシルエットだけでは分からなかったけれど、ゴール近辺に来て見えた顔に、更に唖然とした。


「第一位、“気になる異性”! お相手はなんと、御三家の松隆くんです!」


 キャーなのかギャーなのかヤーなのか、もう金切声まで混ざって何がなんだか分からなくなった歓声でグラウンドが埋め尽くされている。そんな耳が壊れそうなほどの歓声の中でも平然と佇む松隆くんは「だってお願いされたら来るでしょう。これだけいる中から俺を選んでくれたわけだし」なんて絶対心にもない王子様な解答をしている。嘘吐けそんなこと米粒一つ分すら思ってないくせにこの腹黒リーダー!と心で叫び声を上げてしまった。因みに隣にいる女の子はまさか来てもらえるとは思っていなかったらしく、顔がゆでだこのようになっている。既にゴールした女子の中からは「御三家来てくれるの!?」「行けばよかったあぁぁ!」と一世一代のチャンスを逃してしまったかのような嘆きが聞こえてくる。でも私はただただ目を白黒させるしかない。これは一体、どういうことだ。クラスマッチ前に松隆くんの言ってた「女子票は確実に貰え」が未だ続いているのだろうか。

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