第三幕、御三家の矜持
 ……なんだと? その声は思いの外教室内に響いてしまったせいで、一拍置いてざわっ、とクラス内が騒然となった。私だって唖然とした。お陰で桐椰くんの対応は見損ねた。


「……飯田さん、何の冗談……」

「えー、冗談でそんなこと言わないよー! だーって、桜坂さんそれなりにカワイーじゃん!」


 隠し切れない本音が絶妙な修飾語となって表れている。でもやはり飯田さんのことは憎めなかった。相変わらず彼女には害意も悪意も他意もない。ただ、心底それなりに(・・・・・)可愛いと思ってくれているだけだ。飯田さんは、今しがた口にした評価を補強しようとしているのか、その頬に指をあてて続ける。


「前と違って制服の着方ちゃんとしてるしー、髪型もおかしくないしー? そしたらその眼鏡もちゃんと似合ってるしー、いいんじゃないかなーって。ていうか、桜坂さんの実物がそれなりにカワイーのはBCCで知ってるし。自信持っていいんじゃないかなー」


 飯田さんが言うのは、本日の私の恰好のことだ。よしりんさんに選ばれた制服を着ているのも、松隆くんが許可した眼鏡をしているのも夏休み前と変わっていない。ただ、寝起きですみたいなボサボサの髪をきちんと櫛で梳かし、左サイドの低い位置でくるりんぱをしてある。おそらく現在の私は“普通”であって“ダサイ”わけではない。

 ただ……、補強しているつもりなのだろうか。褒め方が消極的だし、結局それなりに可愛いという評価までしか行きついていない。本音しか言えない飯田さんは私に対しては褒めるに向いていない。これ以上私を傷付けないためにも無理はしないでほしい。


「……分かった……けど、その、これって誰から……」

「えー、知らないよー」

「……なんで?」

「あたしに渡したのは六組の相楽(あいら)くんだもーん。でも相楽くんのじゃないって言うしー」


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