第三幕、御三家の矜持
 そんな風に困惑する今の私の心を見透かしたように、松隆くんはさらりと告げた。驚いて素っ頓狂な声を上げると共に松隆くんを見上げれば、いつもの通り読めない笑顔を浮かべているだけだ。──そう、今の笑みは、読めない。病院の時と違って嘘なのか本当なのか分からない。


「えと……、それは……」

「俺と付き合う気、ないんだろ」

「……それは……」

「それでもずっと俺に好かれてたいって言っちゃう? それはいくらなんでも残酷だよ」


 いま、この場での返答を言い淀んだのは、そんな我儘な理由からではない。でもどう答えればいいのか分からずに「そうじゃないんだけど、」と掠れた声のまま、答えになっていない答えを口にしてしまう。ただ、どう答えるのが松隆くんに一番いいのか考えているせいで、その考えが纏まらないせいで困っているだけだ。

 どうしてこのタイミングでそんなことを言うのだろう。旅行初日にはこれからも容赦なく攻めるって言っておいて、いまその言葉を翻した理由はなんなのだろう。その理由は私の返事にあるのだろうか、そうだとしたらいまこのタイミングであることが説明できない。だったら、理由は何だというのだろう。病院でのあの笑顔と関係があるのだろうか。桐椰くんと優実と、何か関係があるのだろうか──。


「気にしないでいいって言っても気にするんだろうけどさ、桜坂は」

「…………」

「そうやって俺のこと気にしてくれるっていうなら、それだけで成果はあるってもんだし」


 それの、何が成果だというのだろう。私と松隆くんは、告白される前からそこそこ仲良しにはなっていた。その関係に、ただ告白した・されたを付加しただけの関係が、今だ。それが松隆くんにとっての成果になるというのだろうか。私は何もできないのに。

 そんなことを考えるのは、告白された側の傲慢や自惚れなのだろうか。膝を抱えたまま視線を泳がせた。


「……その、松隆くんに、私を気にかけてほしいなんて言うつもりは、ないんだけど……」

「うん」

「……私……、何か、しちゃったかな……」

「いや、なにも」


 私と違って、松隆くんが何かを迷う気配はなかった。きっと本当に何もないんだろう。でも、それだというのならどうして。


「しいていうなら、俺が余計なことした」

「余計……」

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