第三幕、御三家の矜持
「桜坂の前で恰好付けたいからって余計なことし過ぎただけだよ、俺が」


 よく意味が分からなかった。でもどうせ松隆くんは一から十までは教えてくれないんだろう。そんなところも、多分松隆くん曰くの“恰好つけたいこと”の範疇(はんちゅう)なんだろう。謝るべきともお礼をいうべきとも、もっと突っ込んで訊くべきとも引き下がるべきだとも分からず唇を引き結んでいると、ふ、と松隆くんは目を細めた。


「ま、だからもう気にしないで。俺も困らせるようなことはしないし」

「……松隆くんがそう言うなら」

「でもだからって遼との仲を取り持つつもりはないから期待しないで」

「え?」

「そりゃそうだろ。なんで俺がフラれた相手が親友とくっつくのを応援してあげなきゃいけないわけ?」


 その言葉は、アウトギリギリ、松隆くんなりのブラックジョークの効いたものだったのだろう。でも、そんなのは私との間でただのジョークにすらならない。取り持つだの取り持たないだの、そんなことは私には関係のない話だ。


「や、そもそも、私と桐椰くんとの間には何もないし」

「……アイツは不器用だから。不本意だとしてもそれなりに誘うというか、仕掛けることは必要だと思うよ」


 それでも松隆くんは呆れた目で(いさ)めようとする。まるで“世話が焼ける”とでも言われている気がして、噛み合わない遣り取りに頭が混乱した。


「え……いや、うん……だからね、私が桐椰くんとどうこうなる可能性はないわけで……」

「可能性? 今は桜坂の妹がしゃしゃり出てきてアイツも困ってるというか、まぁ悩んではいるだろうけど。それは桜坂との可能性をゼロにはしないだろ」

「するしないっていうか、元々ゼロ……」


 私の返答のせいで、松隆くんが珍しく眉を顰めた。その目論みというか、予想が外れて怪訝な様子を呈している。

 でも、何もおかしくない。みんなは何かにつけて私と桐椰くんとの関係に口を出して、私と桐椰くんは合わないだの、絶妙に間が悪いだの言うけれど、そんな指摘は的外れだ。そんな指摘には、私達二人が私達二人の関係をどうにか上手くやりたいと望んでいることが前提として必要だけれど、私達二人はそんなことは望んでない。


「私達がどうにかなることはないよ」

「……俺に気を遣わないでいいって言ってるだろ」

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