第三幕、御三家の矜持
 ただ、飯田さんはああ言ったけど、実際にこれがラブレターかどうかは分からない。なんならもう漫画の中でしか見ない告白手段だと思っていたのだけれど、存外そうでもないんだな……。取り敢えず中身を読もうと、改めて手紙を見る。そこには“擦れ違うたびに目で追ってた”とか“飾らない感じに惹かれた”とか、殺し文句とは言わないけれどなんだか体がむずがゆくなるような褒め言葉が並んでいた。ラブレターなんて生まれてこのかた貰ったことがないせいで、その内容が秀逸なのかどうかは分からないけれど、少なくともこんな場所で読む気にはならなかった。差出人には悪いけれど内容を読むのは後に回させてもらおう……、と“好き”の二文字が確認できたところで手紙を閉じた。


「……呼び出し場所どこ?」


 そこで聞こえた桐椰くんの声に、少しだけ肩が震えた。別に桐椰くんの声音がいつもと違ったわけではない。ただ、夏休み以来、この分野に関しては桐椰くんとの接し方に慎重にならざるを得ないだけだ。お陰でワンテンポ遅れて「聞いてたの?」と莫迦げた返事をしてしまった。こんな至近距離だし、伏せていただけで本当に寝ていたわけではないのは当たり前だ。ただ、そんなわざとらしい間抜けなリアクションに桐椰くんは何もコメントしなかった。なんなら顔を上げる気配もなかった。


「当たり前。罠だったらヤバイだろ」

「そうだねぇ……。あ、でも罠でも大丈夫だと思うよ」

「なんで?」


 少しの遣り取りをするうちに心は落ち着いた。一方で桐椰くんの声が剣呑さを帯びるので、野次馬を回避すべく声のトーンを落として囁く。


「呼び出し場所、第六校舎の裏庭です」


 確かに、第六校舎近辺は人気(ひとけ)も人目もない、告白には最適の場所かもしれない。ただ、一歩間違えればそこは御三家の領域(テリトリー)だ。顔を上げた桐椰くんは──ただ眉を顰めているだけで、特別不機嫌なわけでも拗ねているわけでもない。安堵しながらも、それを表情には出さないように気を付ける。


「ふーん。変なヤツだな」

「御三家のアジトの場所ってみんな知ってるの?」

「知らね。別に隠してはねーし、どうせ鍵ないと中には入れねーし。でもわざわざ行く場所じゃねーからな、あんなところ」


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