第三幕、御三家の矜持
 鬱屈(うっくつ)とした目は現実への絶望だったらしい。どうやら二人の会話に感じた不可解さは、私の考えすぎだったようだ。

 そして、桐椰くんの人気は昼休みの騒ぎの通りだった。入場口に整列している時点で「上衣邪魔、丁度腹筋見えない……」「あっ捲れた! あーっやっぱり割れてる!」「えーあたしも触りたい……うっかり抱き着きたい……桐椰くん真っ赤じゃん可愛い……」とセクハラ染みた会話まで聞こえてきた。金髪の桐椰くんは応援団に混ざっていると目立つので見つけやすいせいもあるんだろう。そして都合よく桐椰くんの隣に並んでいる (応援団のメンバーっぽい)女子は腕に絡みついて話しているので、その大胆さには舌を巻く。しかも同じ浴衣だというのに何故か別物のように見える。本当に同じ浴衣なんだろうか、と困惑のあまり自分の姿と見比べてしまった。赤色を基調にして、浴衣とはいえ応援衣装用なので生地自体はしっかりしてるけれどかなり薄手、体育祭用に作ったのか秋桜(コスモス)の柄が控えめにあしらってある──浴衣は同じだ。そして着崩れないように胸元はしっかりと窮屈なくらいに締め付けられているけれど、足を開きやすいように腰から下は緩くかつ短めにアレンジ──あ、あの上級生、胸元も緩い。なるほど、と違いに気づいて一人頷いた。まるで遊女みたいだ。

 私の視線に気づいたふーちゃんが同じ方向へ目を遣る。そして同じような感想を抱いたのか、セクハラされる桐椰くんをじろじろと眺めた。


「あれ三年生だよー。凄いね、上級生の力使ったセクハラだね」

「そうだね……」

「桐椰くん真っ赤だねー。女の子慣れてそうなのに、意外」

「桐椰くんは純粋だからね……」


 答えながら、夏休みの記憶が(よみがえ)ってしまった。私の水着を見ただけで真っ赤になってパーカーを投げつけた桐椰くん。つくづく見た目と中身に奇妙なギャップがある子だ。


「でも大丈夫だよー亜季、あの三年生の胸は(たいら)だから、押し付けてるのはまな板よりマシな何かだよ」

「すいません何が大丈夫なのか分からないしその顔でそういうこと言うのやめてもらっていいですか」


 そして、私の肩に手を置いてぐっと親指を立てて見せるふーちゃんはどこまでも残念な美少女だった。


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