第三幕、御三家の矜持
「えー! だってあるものは使わなきゃ損じゃん! 細いのに胸だけあるなんて二次元の妄想なんだよ? 亜季は細くない代わりに胸がちょっとはあるんだからいいじゃん!」

「いま半分悪口……?」

「あー、桐椰くん逃げちゃった。よっぽど恥ずかしかったんだねー」


 飄々とした口調からは「なんだつまんないのー」とでも聞こえてきそうだった。自称中立の生徒会役員にまでこんなに揶揄われちゃって、桐椰くん……。

 その後、緑組のプログラムが終わり、赤組に声がかかる。体育祭の進行を務める子も、桐椰くんが応援団に混ざることは当然に知っていて、「続きまして、赤組の演技に移ります」というだけの声が心なしか弾んでいた。モブとして整列した後方から桐椰くんの横顔を盗み見れば、緊張している顔を隠そうとするように手の甲で口元辺りを覆っている。桐椰くん、スポーツしてたんだから本番には強そうなのに、と心で首を傾げてしまった。

 が、その疑問は正しかった。何気にしっかりと桐椰くんが見える位置で演技する羽目になったので演技の合間に盗み見したけれど、桐椰くん、ミスしない。音楽さえ始まってしまえば緊張なんて吹き飛びましたと言わんばかりの迷いのない動きだ。

 そもそも、応援団の振り付けはその他の生徒の踊りと若干違うから、ものの数十分でどうにかなるのか謎だった。それなのに応援団の人達と違う動きはしてない。多分昼休みと待機時間で覚えたんだろう──いや、待機時間はセクハラしかされてなかったということはあの少ない昼休みで覚えたんだ。そうだとしたらこんなところで桐椰くんの無駄な才能が発掘されたことになる。

 因みに、特別練習日というものが設けられてないのは応援プログラムも同じだ。練習は任意、全く参加してない人はぶっつけ本番、ただし振り付けは応援団の動画がデータ配布されるし、せいぜい数分間しかないし、ある程度人数がいればある程度覚えている人もそれなりにいるので、大体の人は適当にどうにかなる。私みたいに暇な人は“ある程度覚えている人”に含まれるわけだ。

 そして桐椰くんは数少ない“完璧な人”と……。クソ真面目なヤツしかやんねーよこんなの、とクラスメイトの赤井くんは動画データを見ながら嗤っていたけれど、まさか桐椰くんがその“クソ真面目なヤツ”に含まれてるとは思ってもみなかっただろうな……。

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