西篠成海は推し変させたい
 それが、西條くんにはお気に召したらしい。ゲームをしにくる頻度は変わらなかったけれど、うちで食事を摂ることは増えた。ちなみにデリバリーではなく私の手料理だ。


「西條成海がゲーム友達の姉の作ったどうでもいい食事食べてるとか、世の女子が聞いたら卒倒しそう」

「世の女子は西條くんに何食べててほしいの? ロールキャベツ?」

「ロールキャベツ系男子は比喩であってロールキャベツを主食とする動物という意味ではないです」

「分かってるよそんなことは」


 なお、私は料理上手ではない。下手ではないけど上手ではないので、出てくるものは名前がついたりつかなかったりする家庭料理に過ぎず、しかもたまに失敗する。現に目の前にはルーが足りなくて若干水分の多いカレーがある。スープカレーということで、と出したらスープカレーなめんなと佑馬にディスられた。正直、スープっぽいカレーなら全部スープカレーになるものなんだと思っていた。


「実際疑問なんだけど、マネージャーにギチギチに食事管理されてないの」

「管理されないように自分でやってます。ストレスかかるのは逆に体に良くないんで」

「えー、えら、ストイックじゃん。でもこの間ピザとコーラの組み合わせしてなかった?」

「ギチギチ管理されてるとそれができないのでイヤなんです。多めに水分摂ったり走ったりして調整するんですよ」

「えー、えら、やっぱストイックじゃん」

「西條成海に『えら、ストイックじゃん』とまるで後輩をあしらうような声をかける姉」

「同い年なのは分かってるけど佑馬の友達だし、西條くんも私に敬語だし、どうしても」

「そこじゃない。てか佐月、やっと成海のこと認識したのに、成海が出てるバラエティとか見ないよね」


 ひたひたと佑馬のスプーンから滴《したた》るカレーを見ていて首を捻る。規定量のルーを入れたはずなのに、なぜ失敗したのだろう、と。


「見たほうがいい?」

「いや、見ないでいいです」

「てかバラエティ出るの? 俳優なのに?」

「俳優だから出ないってわけじゃないですけど、あんま出ないのはそうです」

「そうじゃなくてさあ、インスタとかもフォローしてないんでしょ、どうせ」

「他人との距離感を弁《わきま》えた私、SNSのフォローは基本フォロー待ち」

「西條成海からのフォローを待つな」

「大丈夫ですよ、あれ中身俺じゃないんで」

「マジで顔も名前も知らない人ってことじゃん、余計フォローしないわ」

「てかだからそうじゃなくて、西條成海のありがたみをもっと噛みしめなよ。猫に小判だよ」

「でも西條くんも言ってたじゃん、芸能人も人間だって」

「で?」

「人間、友達の姉からやたら可愛がられても謎だし気持ち悪くしか感じなくない?」

「可愛がれとは言ってないじゃん、ありがたがれって言ってるだけで」

「同じことだよ、孫じゃないんだから」


 それでもって、西條くんと出会ってはや数ヶ月、夏本番が見え隠れする季節になった。ここまできたら(感じたことはないけど)ありがたみも薄れるというものだ。
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