西篠成海は推し変させたい
でもさすがにここまでうちに来ている芸能人を指して「なんか有名らしい」で済ませるのも失礼な話かもしれない、そう考え直して、その日西條くんが帰った後に西條くんのインスタとツイッターとウィキペディアを見た。代表作の映画は恋愛ものばかりだったので見る気にはならなかったけれど、少なくとも何に出ているのかは把握した。
そしてそんなことをされると、私の閲覧履歴が「西條成海」に汚染されてしまって、サジェストに「西條成海、いまの流行は『Bare’s TAG』」というニュース記事が出てきた。我が家でよく見るように、笑っている西條くんが映っている。
よし、こういうのもちゃんと読むぞ。そんな気持ちでタップすると、タイトルのとおり、要旨、西條くんが佑馬と知り合ったというゲームにはまっているという話が書いてある。なんだ知ってる情報じゃないか――とさっとスクロールして、次に目に入った記事にコーヒーを吹きそうになった。
『最近は「Bare’s TAG」で仲良くなった友達の家に行って、そのまま夕食もご馳走になることが多いですね』
『――女性ですか?』
『まさか、男です。勘繰られてもいいんだけど、残念ながら「Bare’s TAG」やってるのなんて男ばっかりなんで、それらしい相手は見つからないと思います』
『――男友達の家でゲームして、そのまま一緒に食事をして、帰る?(笑)』
『そういうことになりますね』
『――まるで恋人ですね』
『というより、実家みたいな。食事が、ただのカレーとか、冷蔵庫にある余った野菜の炒め物とか、葉物を和えたとか、そういう感じなんで』
次の週、佑馬が「レポート終わってないからちょっと待ってて」なんてくだらない理由で西條くんをキッチンで待たせていたとき、麦茶を出しながらその記事を思い出してしまった。
「……実家のような安心感ってヤツ?」
「もしかして先週のゲーム記事読みました?」
「読んだ読んだ、少しは西條くんのことを勉強するべきかと思って」
「やっと興味を持ってもらえたようで、光栄です」
「テレビの中の芸能人よりは家の中の芸能人を尊重しようという心掛け」
「……佐月さんにして佑馬あり、って感じですよね」
「佐月さんて」
名前を認識されているとは思わなかったのでたじろいでしまった。いや、そうじゃない、佑馬に言わせれば「西條成海に名前を呼ばれるなんて」と恐れおののくべきだ。
「そもそもベアーズやってる人って芸能人とか全く知らないんで当然といえば当然なんですけど、佑馬も俺のことは知らなくて」
「愚弟が失礼しました」
「雑誌持ってくるまで気付いてくれなかった佐月さんほどじゃないです」
好青年が売り(らしい)西條くんは意外とはっきりと物を言うし、根に持つ。
「だから気楽でいい友達なんですよね。俳優友達もそれはそれでいいんですけど、仕事仲間って意識のほうがあるし、気も遣うし」
「あのニュース記事に書いてあること正しいじゃん、それ告白じゃん、恋人じゃん。弟に片想いしてる人と話すとか気まずいんだけど」
「女が好きなんで安心してください」
「そっか……二卵性だから女版佑馬みたいになれなくてごめんね。とはいえ二卵性じゃないと男女にならないからどうしようも解決しようがないんだけどね」
「佑馬が女なら付き合ったのになんて思ったことはないです」
「確かに私も女友達に男だったら付き合ったのにって思ったことないわ。恋愛対象ってそういうもんだね」
「佐月さんって男を好きになるんですか?」
「なんでそんな驚いた顔をするんですか。人並みになりますよ」
「好みとかあるんですか?」
「学歴と年収と身長が私より高い男」
「バブル期の理想形だしてきましたね」
「私より高いっていう相対評価で妥協してるからそんなに高望みじゃないと思ってる」
「佐月さん、170センチくらいありますよね? 絶対評価に近いですよ」
あとは学歴か……と西條くんは麦茶のグラス片手に頷いた。ちなみに西條くんは平安大学に籍を置いているとウィキペディアに書いてあった。
「なるみー、ごめんお待たせ」
「ああ、ううん」
「じゃ、私は部屋に引っ込むので、いつもどおりお構いなく」
アイスコーヒーを淹れ始めた私を、西條くんがその整った目でじっと見つめた。西條くんには迷わず麦茶を出したくせに、自分は昨日からセットしていたアイスコーヒーを取り出したせいかもしれない。
「……飲む?」
「……いやそれはよくて」
西條くんは少し考え込むように、視線を虚空に向けて長い睫毛を軽く上下させた。
「佐月さんの一番好きな芸能人は?」
「松村浩之」
「そこは西條成海って答えるところですよ」
芸能人も人間なんで、最初にそう教えてくれた西條くんは、今日も実家のような安心感を抱いてくれている。そうに違いない。
そしてそんなことをされると、私の閲覧履歴が「西條成海」に汚染されてしまって、サジェストに「西條成海、いまの流行は『Bare’s TAG』」というニュース記事が出てきた。我が家でよく見るように、笑っている西條くんが映っている。
よし、こういうのもちゃんと読むぞ。そんな気持ちでタップすると、タイトルのとおり、要旨、西條くんが佑馬と知り合ったというゲームにはまっているという話が書いてある。なんだ知ってる情報じゃないか――とさっとスクロールして、次に目に入った記事にコーヒーを吹きそうになった。
『最近は「Bare’s TAG」で仲良くなった友達の家に行って、そのまま夕食もご馳走になることが多いですね』
『――女性ですか?』
『まさか、男です。勘繰られてもいいんだけど、残念ながら「Bare’s TAG」やってるのなんて男ばっかりなんで、それらしい相手は見つからないと思います』
『――男友達の家でゲームして、そのまま一緒に食事をして、帰る?(笑)』
『そういうことになりますね』
『――まるで恋人ですね』
『というより、実家みたいな。食事が、ただのカレーとか、冷蔵庫にある余った野菜の炒め物とか、葉物を和えたとか、そういう感じなんで』
次の週、佑馬が「レポート終わってないからちょっと待ってて」なんてくだらない理由で西條くんをキッチンで待たせていたとき、麦茶を出しながらその記事を思い出してしまった。
「……実家のような安心感ってヤツ?」
「もしかして先週のゲーム記事読みました?」
「読んだ読んだ、少しは西條くんのことを勉強するべきかと思って」
「やっと興味を持ってもらえたようで、光栄です」
「テレビの中の芸能人よりは家の中の芸能人を尊重しようという心掛け」
「……佐月さんにして佑馬あり、って感じですよね」
「佐月さんて」
名前を認識されているとは思わなかったのでたじろいでしまった。いや、そうじゃない、佑馬に言わせれば「西條成海に名前を呼ばれるなんて」と恐れおののくべきだ。
「そもそもベアーズやってる人って芸能人とか全く知らないんで当然といえば当然なんですけど、佑馬も俺のことは知らなくて」
「愚弟が失礼しました」
「雑誌持ってくるまで気付いてくれなかった佐月さんほどじゃないです」
好青年が売り(らしい)西條くんは意外とはっきりと物を言うし、根に持つ。
「だから気楽でいい友達なんですよね。俳優友達もそれはそれでいいんですけど、仕事仲間って意識のほうがあるし、気も遣うし」
「あのニュース記事に書いてあること正しいじゃん、それ告白じゃん、恋人じゃん。弟に片想いしてる人と話すとか気まずいんだけど」
「女が好きなんで安心してください」
「そっか……二卵性だから女版佑馬みたいになれなくてごめんね。とはいえ二卵性じゃないと男女にならないからどうしようも解決しようがないんだけどね」
「佑馬が女なら付き合ったのになんて思ったことはないです」
「確かに私も女友達に男だったら付き合ったのにって思ったことないわ。恋愛対象ってそういうもんだね」
「佐月さんって男を好きになるんですか?」
「なんでそんな驚いた顔をするんですか。人並みになりますよ」
「好みとかあるんですか?」
「学歴と年収と身長が私より高い男」
「バブル期の理想形だしてきましたね」
「私より高いっていう相対評価で妥協してるからそんなに高望みじゃないと思ってる」
「佐月さん、170センチくらいありますよね? 絶対評価に近いですよ」
あとは学歴か……と西條くんは麦茶のグラス片手に頷いた。ちなみに西條くんは平安大学に籍を置いているとウィキペディアに書いてあった。
「なるみー、ごめんお待たせ」
「ああ、ううん」
「じゃ、私は部屋に引っ込むので、いつもどおりお構いなく」
アイスコーヒーを淹れ始めた私を、西條くんがその整った目でじっと見つめた。西條くんには迷わず麦茶を出したくせに、自分は昨日からセットしていたアイスコーヒーを取り出したせいかもしれない。
「……飲む?」
「……いやそれはよくて」
西條くんは少し考え込むように、視線を虚空に向けて長い睫毛を軽く上下させた。
「佐月さんの一番好きな芸能人は?」
「松村浩之」
「そこは西條成海って答えるところですよ」
芸能人も人間なんで、最初にそう教えてくれた西條くんは、今日も実家のような安心感を抱いてくれている。そうに違いない。