本当の姿は俺の前だけな

第5話 愛しい日常

○学校・裏庭(放課後)
鬼龍院司「何か言えない事情があるのは分かってるぜ。だけどな、俺様は本気で川崎莉奈が好きなんだ」
川崎莉奈「鬼龍院先輩…」
二度目の告白はお互いの体が密着している。
莉奈の心は大きく揺れ動き、閉ざされた心が開き始めた。

川崎莉奈(私は一体どうすれば…)
悩む莉奈の頭にあるのはあの出来事。
二度と味わいたくない恐怖に莉奈は負けてしまった。

川崎莉奈「わ、私は…。鬼龍院先輩の気持ちが本物なのは信じます。だけど…」
赤面した莉奈の顔は下を向く。
瞳には涙が溜まり今にもこぼれ落ちそう。
悔しさを滲ませながら、莉奈は秘めたる想いを伝えた。

川崎莉奈「私は鬼龍院先輩に相応しくないんです。だって私には──がないんですよ」
肝心なところが小声となる莉奈。
自信のなさがここで浮き彫りになった。

鬼龍院司「全部聞き取れなかったんだが、何がないって?」
川崎莉奈「そ、それはですね…。と、とにかく私では鬼龍院先輩に相応しくないんです」
司の手を強引に振り払い、莉奈は一度も振り返らず走り去った。

鬼龍院司「思ったより深い傷を持ってるみたいだな」
いつになく司は真剣な顔だった。
莉奈が走り去る後ろ姿を真っ直ぐな瞳で見つめていた。

○川崎莉奈の家・部屋(夜)
莉奈は部屋着で可愛いクマのぬいぐるみと向き合った。
川崎莉奈「ねぇ、私の返事って正しかったと思う?」
ぬいぐるみを優しく両手で掴み、莉奈は困り顔で話しかける。
返事がないのは分かっているが、誰でもいいから聞いて欲しかった。

川崎莉奈「だけどさ、鬼龍院先輩に相応しいのは私じゃないよね。胸がある人の方がお似合いだと思うし…」
ぬいぐるみを左右に揺らし同意を求める莉奈。
一方通行な会話であるも、心が少し軽くなった。

川崎莉奈「もし、もしもだよ、私にもう少し胸があれば──って、考えても仕方ないか」
強い力で莉奈はぬいぐるみを抱きしめる。
瞳から薄らと涙がこぼれ落ちていた。

○鬼龍院司の家・部屋(夜)
司の部屋はかなり広い。
物はほとんどなく殺風景な部屋。
本棚には難しい本がぎっしりと詰まっている。
窓際にある机に頬杖をつき、司は頭の中を整理していた。

鬼龍院司「俺様は絶対に諦めない。川崎莉奈は俺様の運命の人なんだ。だが…事情が思ったより根深そうだな」
女子にちやほやされようが、司の頭の中は莉奈の事しかない。
傷はどうしたら癒せるのか、そればかり司は考えていた。

鬼龍院司「強引に理由を聞くのは悪手だな。ならば正攻法でいくしかないか」
司は心に固く誓った。

鬼龍院司「反応を見る限り嫌われているわけではないし、それに…川崎莉奈の心を救えないようでは、俺様の目標達成など到底無理だからな」
力強く拳を握り締める司。
険しい顔を浮かべながらベッドへと向かっていった。

○通学路(朝)
川崎莉奈「きっと鬼龍院先輩も諦めてくれるはずだよ。気持ちを切り替えて前向きにいかなくちゃ」
曇り空の下で莉奈は気持ちのよい朝を迎える。
司の言葉が頭から離れないも、心は穏やかだった。

川崎莉奈「二度もフッたんだし、鬼龍院先輩もさすがに諦めてくれるよね」
(学年も違うし、学校で会う事もないだろうし)
鬼龍院司「おはよう、川崎莉奈。俺様が学校までエスコートするぜ」
川崎莉奈「ふえっ!? どうして鬼龍院先輩がここにっ」
曲がり角で待っていた司が爽やかな声で挨拶する。
驚く莉奈は目を見開き固まってしまった。

鬼龍院司「細かい事はきにするな。もちろん、俺様と一緒に登校してくれるよな?」
莉奈を壁際まで追い詰め、壁ドンでトドメをさす。
赤面と鼓動が跳ね上がる莉奈。
一瞬で頭の中が真っ白となった。

川崎莉奈(普通の神経ならフラれた次の日に会いにくる?)
(せっかく忘れようとしているのに…)
川崎莉奈「か、勝手についてくるのは自由ですからねっ。どうせ学校は同じなんですし」
鬼龍院司「それじゃ、勝手にさせてもらうよ」
満面の笑顔で司は莉奈から離れる。
鼓動が和らいだ莉奈がいつもより速く歩き始めた。
その後ろを近くも遠くもない距離で司は黙ってついていく。

鬼龍院司(この距離が俺様と川崎莉奈の心の距離か)
悪くない距離だと司は思っていた。
瞳に莉奈の後ろ姿を焼き付けながら、学校へと歩いていった。

○通学路(翌日の朝)
川崎莉奈「まさか、今日も待ってたりしないよね」
周囲を警戒しながら歩く莉奈。
不審者にならない程度に司の姿を探した。

川崎莉奈「今日は…いないみたいね」
莉奈は安心したような残念なような不思議な気持ちだった。
学校へ歩きだそうとした瞬間、突然体が宙に浮き上がった。

鬼龍院司「やぁ、今日は遅かったな」
川崎莉奈「な、何してるんですかっ、鬼龍院先輩!」
鬼龍院司「何って、決まってるだろ。俺様と川崎莉奈が初めて会った日の再現だ」
軽々と莉奈を持ち上げお姫様抱っこする司。
その顔は優しい笑顔であった。

川崎莉奈「そういう事を聞いてるんじゃなくてですね──」
司のサプライズ行動が莉奈の顔を真っ赤に染め上げる。
近すぎる司の顔が瞳に映り、莉奈の鼓動は激しさを増した。

鬼龍院司「そろそろ心の距離が縮まったから、これくらいは平気かと」
川崎莉奈「全然平気じゃありませんし、距離も縮まってませーん」
赤面した顔のまま莉奈は大声を上げる。
照れ隠しから視線を逸らした。
手足をばたつかせ司の腕の中から強引に降りようとしていた。

鬼龍院司「早すぎたか。俺様とした事が急ぎすぎはいかんな」
司が優しく莉奈を地面はと降ろす。
笑顔を崩さず司は莉奈に温かい視線を送った。

川崎莉奈「も、もぅ…。いきなりお姫様抱っことか、何考えてるんですかっ」
(鬼龍院先輩の胸、すごく温かかったよ)
鬼龍院司「川崎莉奈が喜ぶと思ったんだがな」
川崎莉奈「よ、喜びませんよっ。学校遅れるので先に行きますね」
莉奈は膨れ顔で振り向き学校へと急いだ。

鬼龍院司(嫌われていないようでよかったぜ)
司も昨日より近い距離で莉奈の背中を追いかけた。

○通学路(数日後の朝)
毎日繰り返される司の出迎え。
莉奈の中で慣れてしまった。

川崎莉奈「どうせ今日も鬼龍院先輩が待ち構えているんだよね」
日課になりつつある司とのやり取り。
莉奈はほんの少しだけ楽しみに感じていた。

川崎莉奈「あれ、おかしいな…。鬼龍院先輩が見当たらないよ」
いつも現れる場所に司の姿はなかった。
告白は拒絶したものの、莉奈の心は寂しさで満たされた。

川崎莉奈(本当に諦めちゃったのかな…)
(私、なんでこんなに落ち込んでるんだろ)
莉奈が残念そうな顔をしていると、懐かしい温もりが包み込んだ。

鬼龍院司「浮かない顔してどうしたんだい? 俺様がいなくて寂しかったとか」
司に後ろから抱きしめられ、莉奈は耳まで真っ赤に染まる。
心地よい鼓動が体内に響き渡る。
固く閉ざされていた莉奈の心が開き始めようとしていた。
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