本当の姿は俺の前だけな

第8話 手作り弁当

○学校・屋上(お昼休み)
川崎莉奈「私、胸がなくて、それで昔に別れた事があったんです」
悔しさが込み上げてくる。
莉奈は涙をこらえながら声を震わせた。

川崎莉奈「あの時は本当に辛かったんです。その頃からなんです、コンタクトからメガネに変え目立たないようになったのは。胸がないと恋人すら作っちゃいけないって思ったんですよ」
太陽が瞳に溜まる涙を照らす。
司は真剣な眼差しで静かに莉奈の話を聞いていた。

川崎莉奈「私ね、胸がある人が羨ましくて、ある日思いついたの。理想の自分の胸を作って、顔見知りがいない街を歩けば変われるかなって」
ほんの少しだけ明るい顔になる莉奈。
体の内側に眠る本当の自分が目覚めた。

川崎莉奈「気がついたらね、それが楽しくって。あの日、司先輩に助けられた日もそうだったの。でも、学校で鉢合わせしてバレるとは夢にも思わなかったんですよ」
莉奈は照れくさそうに話す。
嬉しさと恥ずかしさが混じり合った莉奈の顔。
鼓動はいつの間にか元に戻っていた。

鬼龍院司「俺様は生まれて初めてひとめ惚れをしたんだ。女神が目の前に舞い降りたって。あの瞳の美しさは忘れやしない。たとえ姿を変えていようともな」
力強い司の言葉は莉奈の心を大きく揺らがす。
頭の中は司一色に染まった。

川崎莉奈「で、でも、胸が、その…大きさが違ったのに…」
鬼龍院司「言われてみれば確かに違ってたな。だいたい俺様は胸などで女子を判断しないぞ」
莉奈の心は司によって救われた。
爽快な気分となり胸がスカッとした。

川崎莉奈「私、男の人って胸ばかり見ていると思ってました」
鬼龍院司「確かに男は胸の大きい女子に弱い。だがな、そこしか見えない男の器などたかが知れてるものだ。莉奈をフッた相手も器が狭い男にすぎない。だから別れて正解だったはずだ」
フラれた瞬間が莉奈の頭に再生される。
すぐに画面が壊れ砂となって消えてしまった。

川崎莉奈「そう…だよね。司先輩の言う通りかもしれないよね。私、バカだな…」
莉奈の瞳から自然と涙がこぼれ落ちた。

川崎莉奈(どうして私、泣いているの)
(悲しいわけでも悔しいわけでもないのに…)
困惑顔となる莉奈。
両手に落ちた涙を見つめていた。

鬼龍院司「莉奈、なぜ泣いているんだ?」
川崎莉奈「分からない、なんで涙が出てるのか分からないんです」
しなだれかかる莉奈を司は優しく受け止めた。
司先輩の胸に顔をうずめた莉奈は、無言で涙を流し続けた。

川崎莉奈「司先輩、ありがとう。もう大丈夫ですから」
鬼龍院司「そうか。きっとコンプレックスが重荷になっていたんだろうな。俺様もそうだから分かるぞ」
川崎莉奈「司先輩でもコンプレックスがあるんですね」
完全に立ち直った莉奈。
意外だという視線を笑顔の司に送った。

川崎莉奈(司先輩のコンプレックスってなんだろ)
(無縁だと思ってたのに…)
鬼龍院司「俺様にも色々あってだな、実を言うと──」
司が真面目な顔で秘密を話そうとするも、予鈴が鳴り阻まれた。

鬼龍院司「もう昼休みは終わりか。続きはまた今度だな」
川崎莉奈「授業に遅れるわけにもいきませんからね」
(司先輩の秘密聞きたかったな)
(もぅ、予鈴は空気ぐらい読んでよね…)
莉奈の顔は残念そうだった。
2人は屋上を後にし、それぞれのクラスへ戻った。

○川崎莉奈の家・部屋(夜)
川崎莉奈「お弁当はどんなのがいいかなー」
机に向かって雑誌を広げご機嫌な莉奈。
満面の笑みでページを捲り、司が喜びそうな弁当を選んでいる。

川崎莉奈「味はもちろんだけど、見た目の華やかさも大事だよねー」
莉奈は頭の中でお弁当の出来上がりを想像する。
妄想の世界に浸り、莉奈の顔は幸せそうな顔だった。

川崎莉奈「悩むなー。どれも良さげなんだよね。司先輩が喜んでくれそうなのはどれかなー」
悩んでいる時間も莉奈は楽しそうだった。
小一時間ほど悩み、散々迷った末にようやく決めた。

○川崎莉奈の家・キッチン(早朝)
川崎莉奈「よーし、頑張るぞー」
早起きは慣れている莉奈。
気合いの腕まくりで2人分のお弁当を作り始める。
量はいつもの倍だが、鼻歌が聞こえるほど苦にならなかった。

川崎莉奈「司先輩の笑顔見たいなー。どんな顔してくれるんだろ」
莉奈の頭の中で色々な司の顔が再現される。
どれも胸を締め付けるほどの威力。
手際よく料理をしながら莉奈は妄想にふけっていた。

川崎莉奈「さて、これで準備完了かなっ。おそろいのお弁当なんて…なんだか恥ずかしいなー」
羞恥心よりも嬉しさが勝っている。
莉奈にとって心が弾む朝は初めてであった。

○川崎莉奈の家・玄関(朝)
川崎莉奈「お母さん、いってきまーす」
浮かれる心で莉奈は勢いよく学校へ向かう。
青空が気持ちよく莉奈を爽快な気分にさせた。

○通学路(朝)
川崎莉奈「今からお昼休みが楽しみだよ。お弁当はちゃんと2つ持ったし、学校へ行くのが楽しいなんて何年ぶりだろ」
失恋した日までは毎日が幸せだった莉奈。
胸のなさが自信を喪失させ、明るい性格が暗くなっていた。
司という太陽が照らしたおかげで、以前の自分を取り戻しつつあった。

川崎莉奈「あっ、司先輩、おはようございます」
鬼龍院司「莉奈、おはよう」
約束したわけでもないのに、朝は同じ場所で会うのが日課になりつつある。
最初こそ煙たがっていた莉奈も、今では楽しみのひとつとなっていた。

川崎莉奈「今日のお昼楽しみにしていてくださいねっ」
鬼龍院司「莉奈の手料理を食べられるなんて、昨日から待ち遠しかったんだ」
天使の笑顔を見せる莉奈に司は優しく微笑んだ。
温かいオーラが2人を包み込み和やかなムードとなる。

川崎莉奈「司先輩の口に合うか不安ですけど、一番の自信作を作りました」
鬼龍院司「そうか、一生懸命さがよく出てるな。ほら、このままじゃ可愛い顔が台無しだ」
司が手を伸ばしたのは莉奈の髪の毛。
調理中に付いたであろう食材のカスを右手で優しく取る。
予想外の行動が莉奈の顔を真っ赤に染め上げた。

川崎莉奈「ふぇっ!? 司先輩…。いきなりは反則すぎますよ…」
鬼龍院司「そこまで驚かなくてもいいと思うが…」
莉奈の鼓動は朝から激しくなる。
頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられなかった。

鬼龍院司「莉奈、大丈夫か? 顔が少し赤いようだが」
川崎莉奈「だ、大丈夫です。ホントにホントに平気ですから」
司の手がおでこに伸びる前に莉奈は阻止した。
平常心を取り戻そうと深呼吸で心を落ち着かせた。

川崎莉奈「さっ、司先輩、学校へ急ぎましょう」
2人は並んで学校へ歩いていく。
手と手が少し触れる度に莉奈の心臓が反応する。

川崎莉奈(手を繋いだら嫌がれるかな)
(それより同じ学校の人に見つかったら…)
司は目立つため、並んで歩く距離は限られている。
僅かな時間だが莉奈にとっては最高であった。

○学校・屋上(お昼休み)
2人だけの秘密の場所で莉奈は司にお弁当を渡す。
照れくさそうな仕草で、莉奈の心臓は今にも飛び出しそうだった。

川崎莉奈「司先輩、お弁当をどうぞ」
鬼龍院司「俺様のためにすまないな。心から味わって食べるぜ」
息を飲み莉奈は司の反応を注視する。
緊張が最高潮に達する中、お弁当が司の手によって開けられた。
< 8 / 15 >

この作品をシェア

pagetop