第四幕、御三家の幕引
 慌てて歯磨きをしながら、脳裏に桐椰くんの顔を思い浮かべる。あの顔はどう見ても怒ってる顔だ。いつでもなんでも善意変換してくれる桐椰くんじゃない。でも何に怒ってるんだろう。餓死が云々とは言われたけど、そもそも私は何も桐椰くんに伝えてないわけですし、怒られることなんてないのでは? 彼方との約束は明後日だから、治ることを期待して断りの連絡も入れてないし。それなら桐椰くんが怒ってるのは桐椰くんに連絡しなかったこと? それは桐椰くんが彼氏面をし過ぎなのでは……。いやいや、原因は不明だけれど、桐椰くんが看病どころかご飯を作りに来てくれたのは事実、そんな失礼なことを思ってはいけない。

 気を取り直して、怒られる心当たりがないままキッチンに戻ると、桐椰くんは既に洗い物まで済ませていた。どこまでも手際がいいな! 茶髪になってから忘れがちだけど、桐椰くんって半年くらい前まで見た目も不良だったよね!

「で?」

「……で、とは……」


 謝罪を要求されている……? いやここは怒りを鎮めるためにまず謝辞……?

「えと、お陰様でなんだか体が元気になりました、ありがとうございます……」

「は?」

「え、いや、本当だよ! 多分上手く立てなかったのは露骨に栄養が足りなかったせいだと思うんだよね!」

「はぁ?」


 必死に信憑(しんぴょう)性を増させようとしたのに、どうやら火に油を注いだらしい。桐椰くんのこめかみには次々と青筋が浮かぶ。


「お前……そうやって飲まず食わずで寝てて治るわけねーだろ!」

「だ、だって外に出るの面倒臭かったし……」

「だったら誰かに連絡すればいいだろうが! 俺が嫌なら駿哉でも総でもいいだろ! 菊池だって呼べばくるだろ!」

「で、でも伝染しちゃうかもしれないじゃん! 大体、年末年始ってみんな忙しいし……っていうか桐椰くんなんでいるの? なんで私の風邪とか嗅ぎ付けちゃってんの!」


 そうだそうだ、もとはと言えば桐椰くんが来たせいでこの有様がばれたんだ、と謎の逆切れをかましてしまった。途端、むすっと桐椰くんは黙り込む。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。


「……ちょっと」

「別にどうでもいいだろ」

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