第四幕、御三家の幕引
「彼氏に風邪だけ伝染されてねーでお見舞いの果物くらい貰えよ」


 それは確かにそうだ。終業式の次の日から寝込むことになったのは間違いなく鹿島くんのせいなのだから、お詫びの品くらい貰ってもばちはあたるまい。

 いや、でも今はそんなことはどうでもよく。


「あの、えと、桐椰くんは……」

「ちゃんと連絡入れろよ。じゃないとまた来るからな」

「え、え、」

「じゃ」


 あまりにも浮き沈みの激しい遣り取りを経て、桐椰くんは本当に足早に出て行った。寝間着姿の私が呆然と玄関内に取り残されて、池の鯉のように口をぱくぱくさせる。

 今までのって、もしかして夢……? ベタに頬を引っ張ってみる気にもなれない、あまりにも唐突な出来事だというのにあまりにもよくできた現実だった。


「えぇ……?」


 だが、その奇妙な現実を現実として振り返る機会は、意外と早くやってきた。

 一人ぼっちながらに妙に家庭的な味の豚汁を味わい、風邪のせいで彼方との約束を後回しにし、嫌というほど長い年末を終えた次の日、電話がかかってきた。


「……明けましておめでとう」


 口を開いて、真っ先に出てきたのは、没個性的な挨拶だった。


「ん。……んー、寝てた。……お参り?」


 本当は起きていたけど、何をしていたか説明するのは煩わしかった。そして、誘いに対する答えをぼんやりと考える。家を出るのは寒いし、面倒くさいけど、ずっと家にいるのも飽きた。なんなら暫く誰とも喋ってなくて、この電話が独り言以外で数日ぶりくらいの発声だった。


「……うん、行く。……食べる。……分かった、じゃーね、桐椰くん」


 起き上がって背伸びをして、スマホの時間を見た。十時半……桐椰くんは朝食とその片付けを終わったくらいだったのだろうか。

 着替えた後、階段を下りて、真っ暗な居間の電気をつけた。冷凍庫の中から食パンを取り出して、トースターにセットした後に、今度はお湯を沸かす。

 インスタントコーヒーを淹れた後、トーストを齧りながら、「ほぁー」と間抜けな息を吐いた。


「年明けかー……」


 奇妙な現実の後に迎えたのは、あまりにも感慨のない、元旦だった。





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