第四幕、御三家の幕引
 そんなことを聞くのは不躾な気もした。普段の私ならそんなことを聞くはずがない。それなのに聞いてしまったのは、きっと、今この瞬間視界に映る彼方には疎外感を抱いても、目の前の深古都さんには抱かなかったからだ。それが私と深古都さんを繋げるものでないことくらい、論理的に考えればわかるはずだけれど、そこまでの理性はなかった。


「……なりたくなかったんですよ、執事」


 そして、深古都さんはきっと、そんな私を拒絶するどころか受け入れてくれるくらいには大人だった。


「今でこそこうしていますけれど、物心ついたときには主人が決まっているだとか、このご時世に執事だとか、随分と時代錯誤だと思いましたから。嫌々ながら中学生まで従って、遂に逃亡したのが高校でした」


 当時の生活がよっぽど苦痛だったのか、表情には緑茶によく似合う疲労感が漂っていた。


「お察しの通り、花咲高校に通う手筈(てはず)が整えられていたといえばそうでした。我ながら入試の答案用紙を全て白紙で出したのは尖っていたと思います」

「白紙……!?」


 それは尖っていたとかそういうレベルではないのでは?

「尖りついでにこんな辺鄙(へんぴ)な場所にある高校をわざわざ探して願書も秘密裡(ひみつり)に出しましたよ。花高入試の合否結果の日、父は激怒するより落胆しましたね。挙句――古巣の悪口を言うつもりはありませんが――私の母校となった高校は名門とは到底言えませんでしたからね。あまりの不出来に匙を投げたといっても過言ではなかったかもしれません」


 家柄ゆえの不文律ともいうべきそれは、松隆くんも味わっていそうなものだった。不自由がないことの引き換えに一流のレールを走る不自由から逃れられない。


「そこまで来れば、私も振り切ってしまったといいますか。折角手を出したのでできるところまで遊んでみようといいますか。そんな軽い気持ちでやって、気付いたら番長ですよ」


 笑ってしまうでしょう、と言いながら、深古都さんが笑っていた。自分の所業を顧みるように。


「……楽しかったですよ、あの頃は。桐椰の馬鹿と顔を合わせるたびにお互いの仲間を連れて睨みあって喧嘩して、早食いから殴り合いまでとにかく競争しました。地域と学校に甘えて、非常にくだらない、馬鹿馬鹿しい遊びばかりしていましたよ」

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