第四幕、御三家の幕引
「……そうやって、遊んで、後悔したことってないんですか」


 いくら遊びのように語ったって、不良は不良だ。喧嘩は暴力だ。あのふーちゃんの執事ですと名乗る人にとっては消し去りたい黒歴史にしかなってないはずだ。黒歴史なんて悪巫山戯(わるふざけ)では済まなくて、消し去るべき忌まわしい記録や記憶にさえなっているかもしれない。


「……ありますよ、いくつも」


 私の重々しい口調と近い、少しだけ躊躇いを感じる言い方だった。


「そもそも花高に行かなかったことは、損ではあったと思います。それなりの経歴と人脈を手に入れることができる場所ですし、立派な肩書を持つ有能な執事はお嬢様の箔付けにもなりますしね」

「…………」

「でも、ここに逃げてくることが、あの頃の私には精一杯だったんですよ」


 何かを守ろうとするように、深古都さんは、テーブルの上の湯呑を両手で抱えた。


「笑いごとじゃ済まない悪いこともしましたよ。人に言えないことがたくさんありますよ。両親も、旦那様も、お嬢様も、傷つけた回数は一度ではないと思います。時々、立ち止まって後悔しました。夜眠るときは反省がセットでした。今すぐ全てを取り戻すために全力を注ぐべきなのかもしれないと思ったこともありました。取り戻せないことばかりでしたけど」


 ベクトルは違うけれど、悪いことをしたとか、誰かを傷つけたとか、結局何も取り戻せないとか、そんなことは私にも当てはまることだ。


「今振り返ればとんだ甘ちゃんですけどね。もう少し大人になって我慢すれば済んだだろうにと思うこともあります。……それでも、逃げ出したかった私は確かにいたんです。見方を変えれば幸せな重圧が、自分にとってはどうしようもなく苦痛だったんです。それを否定したら、あの頃の私に不誠実じゃないですか」


 その理屈は、よく分からなかった。いつの私だって、結局全部私だ。首を傾げると、深古都さんは沈黙を誤魔化すように緑茶を飲む。


「それに、あの時に全力で馬鹿に振り切らなければ会わなかった友人もいますしね。黙々と優等生をやってるのが損だったとは言いませんが、あの程度で逃げ出したくなる私には土台無理な話だったんですよ。今だって、たまにこうやって、執事なんてクソ職業を忘れて馬鹿騒ぎできる相手と居場所があるお陰でもってるのかもしれませんしね」


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