第四幕、御三家の幕引
「あれが本気の恋愛だと思ってるのか?」


 さりげなく出した名前に、鹿島くんは反応を示さなかった。いつものように、夢見がちだなとでも言いたげに嗤うだけだ。


「引き合いに出すには不適当過ぎる」

「そうかな? 少なくとも私よりは明貴人くんのこと好きだと思うよ」

「そうかもな。だからって、俺に無駄な労力を払えと? 見返りのない労働はしない主義だ」


 じゃあ何で八橋さんのお姉さんの写真を持ってるの――。手札に持っておくためにも、そのことは口にできなかった。

 その日は、魂が抜けたようにぼんやりと過ごしてしまった。今日は月曜日だから、もしかしたら、御三家は週末から雨柳家近辺に出かけていたのかもしれない。雨柳家は事件以来引っ越してしまったと聞いた気がするから。

 何も、気付かなかったな……。

 次の日は、桐椰くんはいつも通りに登校していた。いつも通りだ。朝の時間が早すぎるわけでもなく、遅すぎるわけでもなく、気だるげさを装って机に伏せることもせずに、本当に何事もなかったかのような顔をしていた。廊下ですれ違った月影くんもそうだった。移動教室のときに見かけた松隆くんもだ。

 気丈な三人を見ていると、言い訳をしたくなる。だから気付かなかったんだ、と。

 “所詮そういう人種だって話だよ”――。

 それは、息を呑んでしまいそうなほどに的を射た指摘だった。

 そのせい、なんて言ったら余計に言い訳じみているけれど、桐椰くんに話しかける勇気は出なかった。いや、話しかける勇気が出ないのは桐椰くんに限ったことではない。

 それなのに、そんな時に限って松隆くんとばったり出くわす。そんなものだ。気まずさに顔がひきつりそうになった。


「……やっほー、松隆くん」

「ちょうどよかった、連絡しようと思ってたんだ」


 連絡だと……? 松隆くん個人から受け取る連絡に心当たりはない。なんだなんだと身構えていると、松隆くんはスマホを確認する。


「少し前に、うちの父親との会食の話しただろ?」

「え? あ、はい、そういえばそんなことも……」


 想定の斜め上の連絡だったので、どう反応すべきか分からずに語尾が萎んだ。というか、会食って……。“ご飯食べる”とかでよくない……? 松隆くんは“会食”という言葉のほうが慣れているというのだろうか。


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